BlueNote TOKYO

'12 Bloggin' BNT by 原田和典 , TITO JACKSON - - report : TITO JA...

2012/08/02

ティト・ジャクソン - TITO JACKSON
ティト・ジャクソン - TITO JACKSON


公演初日リポート:
TITO JACKSON


世界で一番有名な音楽一家、ジャクソン・ファミリー。その次男坊であるティト・ジャクソンが今年も笑顔いっぱいのステージを繰り広げています。二日前にジャクソンズのユニティ・ツアーをワシントン州シアトルで終え、休む間もなく飛行機に乗り、日本のファンに会いにきてくれたわけです。ツアーの好調をそのままクラブに持ち込んだかのようなパワフルなパフォーマンスを楽しませてくれました。

バンドのメンバーやバック・シンガーたちは、赤を生かしたコスチュームで登場。そこに、帽子、上着、サングラス、ギターを黒一色で決めたティトが登場します。ジャクソン5時代は、どちらかというと三枚目的なキャラクターだったティトですが、シックにまとめた姿もなかなかオツなものです。またその渋めの着こなしが、ブルース・ナンバーによく合うのです。力強い歌声、チョーキングを駆使したギター・プレイに、ぼくは“ブルース・アーティストとしてのティト・ジャクソン”を強く感じました。

プログラムの3分の1が過ぎた頃でしょうか、「今夜はいろんな曲を聴いてもらいたいんだ」というティトのMCでレゲエ風の「HOME IS WHERE THE HEART IS」が始まりました。サングラスをとり、アコースティック・ギターに持ち替えたティトは、軽やかに、だけど歌詞をかみしめるようにジックリと歌います。続く「SHE‘S GOTTA GO」は一転、カントリー色濃厚なナンバー。ティトのヴォーカルの後ろで、デヴィッド・スコットのスライド・ギターが力強く響き渡ります。

“現在のティト”をたっぷり味わった後は、お待ちかねのジャクソン5〜ジャクソンズ・コーナーです。ティトは昔を思わせるアフロ・ヘアのかつらをかぶり、サービス精神いっぱいにプレイします。マイケル・ジャクソンのパートは、女性シンガーのニコール・ジャクソン(血縁関係はないようです)が担当しましたが、目をつぶって聴くとまるでマイケルそっくりなのには本当に驚かされました。少年時代のマイケルの、あの伸びやかなボーイ・ソプラノが、ステージ上で見事に再現されたのです。「1969年、70年….75年。ここでアフロ・ヘアをやめて、違うレーベルに移った。そして自分で作曲するようになった。それがこの曲だ」という前置きで始まった「HEARTBREAK HOTEL(THIS PLACE HOTEL)」も絶品でした。

ジャクソン5やジャクソンズの曲はいつも世界中で、あらゆるアーティストによって歌われています。しかしそれを、当事者みずからのライヴで楽しめる機会など、そうあるものではありません。公演は4日まで続きます。ぜひお越しください!
(原田 2012 8.1)


● 8.1wed.-8.4sat.
TITO JACKSON
☆ 参考:セットリストはこちら


ティト・ジャクソン - TITO JACKSON


'12 Bloggin' BNT by 原田和典 , TITO JACKSON - - report : TITO JA...

2011/07/16

ティト・ジャクソン - TITO JACKSON
ティト・ジャクソン - TITO JACKSON


公演初日リポート:TITO JACKSON @COTTON CLUB



マイケル・ジャクソンに捧げるステージから約1年。“ジャクソン・ファミリーのお兄ちゃん”、ティト・ジャクソンが真夏の東京に戻ってきてくれました。

前回のステージは彼のお気に入りのブルース、そしてジャクソン5〜ジャクソンズのレパートリーで占められていましたが、今回は新曲も含む、さらに多彩な内容です。昨年、ティトを取材したとき、マネージャー氏が「ティトは前進するアーティストなんだ。次の公演では、新しいティトの姿をアピールすることになるだろう」と語ってくれたのですが、まさにその通りのライヴを味わうことができました。とはいっても、往年の名曲はバッチリやってくれます。なにしろ少年の頃からエンターテイメント界のトップを走ってきたティトです。お客さんの期待を裏切ることは絶対にないのです。

「ブルーノート東京」では明日17日から公演が開催されますが、ぼくは15日に「コットンクラブ」でおこなわれた初日を見てきました。おなじみの帽子を頭に乗せ、おなじみの“光るギター”を持ってステージにあがろうとしたティトですが、すでにこの時点で握手ぜめ、スタンディング・オヴェイションです。よく見ると、ギター・ストラップや、紫の上着の襟のところにも光る素材が使われているのがわかります。オープニングから笑顔全開、さすが「ジャクソン・ファミリーのムードメイカー的存在」といわれただけはあります。若き日のマイケルやジャーメインも、何度となくティト兄さんの笑顔やアドバイスに励まされたのだろうなあ、と思わずにはいられません。

エレクトリック・ギターをガンガン弾いた後、アコースティック・ギターに持ち換えたあたりからニュー・アルバム用の曲が続きます。昨年、話をきいたときには「もうすぐ完成するよ」とのことでしたが、こうしてライヴで楽曲がプレイされるようになったということは、いよいよリリース間近ですね。カントリー・タッチの曲あり、レゲエ風のビートを生かした曲ありと、バラエティに富んだ構成で楽しませてくれました。ティトのニュー・アルバム、思いっきり期待してよいのではないでしょうか。

そして後半はお待ちかね、ジャクソン5〜ジャクソンズ時代の楽曲が並びます。ティトはアフロ・ヘアーのカツラをかぶり、「さあ、1969年に戻ろう。みんな、曲を知っていたら歌って、踊って、スクリームしてくれ。パーティの時間だよ!」と観客を煽ります。が、それはジャクソン5の楽曲において。その後、カツラをとり、「1975年、ぼくらは自分で曲を作り始めた」と前置きしてジャクソンズのナンバーに続きます。

いったいどんながジャクソン5〜ジャクソンズのヒット曲が演奏されたか? マイケルのパートは誰が担当したのか? 明日から始まる「ブルーノート東京」公演で、ぜひ御確認いただければと思います。
(原田 2011.7.15)


● 7.17sun.-7.19tue. @BLUE NOTE TOKYO
TITO JACKSON



TITO JACKSON - ☆ パフォーマンス...

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☆ TITO JACKSON(コットンクラブ公演)

ジャクソン・ファミリーの次男として生まれ、’68年にジャクソン5の一員として
メジャー・デビュー。ジャクソンズと改称した後も、卓越したヴォーカルとギター、
気さくなパーソナリティで兄弟たちを支えてきたティト・ジャクソンが登場。
7.15fri.にコットンクラブで行われた公演のパフォーマンス映像をアップしました。
ブルーノート東京での公演は7.17sun.-7.19tue.。

●7.17sun.-7.19tue.
TITO JACKSON @BLUE NOTE TOKYO



TITO JACKSON - - Interview : TITO...

2010/08/26

TITO JACKSON

TITO JACKSON


exclusive interview : TITO JACKSON

ジャクソン5、ジャクソンズの一員として音楽界に不滅の足跡を残すティト・ジャクソン。ブルーノート東京で弟マイケル・ジャクソンに捧げるステージを繰り広げた彼に、ジャクソン5時代のエピソード、マイケルへの思い、制作中の新作について、ティト・ジャクソンにお話を聞くことができました。

Q. 1
「ティト・ジャクソンが父親のギターをいたずらしたことから、ジャクソン5の歴史が始まった」という逸話があります。それをあなた御本人の言葉できかせていただけますか。

☆ TITO JACKSON (以下、☆TJ):
父はアマチュアのギタリストだった。彼はギターをとても愛していたので、他人が勝手に触ることを許さなかった。だけど僕はギターの音が大好きだったし、どうしても自分で弾いてみたくて、やがて父に隠れて楽器を触るようになった。ずっとそれは見つからなかった・・・・はずなんだが、ある日ギターの弦を切ってしまった。それが父にバレて、「私の目の前で弾いてみなさい」といわれた。僕は必死にプレイした。そのとき、彼は「オレよりもうまく弾けるじゃないか」と思ったみたいだね(笑)。次の日、自分用のギターを父と買いに行った。そのうち僕の演奏に合わせて、兄のジャッキー、弟のジャーメインが歌うようになった。僕が8歳の頃の話だよ。
マイケルは途中からグループに参加したんだ。彼は小学生の頃から、ものすごく歌がうまかった。僕らにショックを与えるほどにね。マイケルを入れたらグループはもっと良くなる。そう思った僕は早速、父親に(マイケルの参加を)提案したんだ。


Q. 2
ジャクソン5は1969年、名門モータウン・レーベルからメジャー・デビューを果たします。そのきっかけを教えてください。

☆ TJ:
ものすごく長い話になるから、かいつまんで言うと・・・モータウンの前に、僕らはすでにローカル・レーベルからシングル盤を出していた。そしてツアーもやっていた。シカゴ、フィラデルフィアと回って、最後にニューヨークのアポロ・シアターに出演して、テレビ番組の「ディック・キャベット・ショウ」で歌う話もあったんだ。だけどその日と、ベリー・ゴーディJr.(当時のモータウン社長)のオーディションの日が重なってしまった。ものすごく悩んだよ。「ディック・キャベット・ショウ」は全国ネットだし、それに出ればいろんな人の目に触れて、いろんなところからオファーが来るかもしれないと思ったからね。でも、僕らはゴーディのところに向かうことにした。オーディションを受けてみたら、彼は幸いにして自分たちのことをとても気に入ってくれて、ダイアナ・ロスのバースデイ・パーティにも招待してくれた。ゴーディのプール付きの家を貸した大パーティで、僕らは歌うチャンスを得た。マーヴィン・ゲイ本人の前で、彼の歌を歌ったんだよ(笑)。まだモータウンと契約していなかったのに、もうすでにファミリーになったような気分だった。だけど、あとで聞いたところによると、ジャクソン5を契約するにあたって、モータウン社内でも意見が分かれたんだってね。僕らはまだ未成年だったし、法規制、労働基準法が(大人の場合と比べて)厳しいからね。夜中に働くこともできないし・・・。ゴーディも迷ったみたいだよ。モータウンの未成年はスティーヴィー・ワンダーだけで十分じゃないかと(笑)。だけどスタッフがゴーディに僕らを強く推してくれた。「彼ら(=ジャクソン5)はサムシング・ディファレントを持っている。だからこのチャンスを生かすべきだ」ってね。そして最終的にモータウンのアーティストになったわけさ。

TITO JACKSON

→ パフォーマンス&メッセージ映像はこちらから
→ ライヴ・レポートはこちらから


Q. 3
インディアナ州生まれの少年たちが、たちまち世界的なポップ・スターとして名声を博し、多忙な毎日を送るようになりました。その状況の変化をどのように感じましたか?

☆ TJ:
楽しかった思い出しか残っていないね。毎日、ディズニーランドにいるようだったよ! 憧れのテンプテーションズ、ミラクルズ、マーヴィン・ゲイなどがいるモータウンと契約して、ラジオをつければ自分たちの曲がガンガン流れてくる。素晴らしいとしかいいようがない経験をさせてもらった。当時、僕は14歳だった。普通の14歳だったら学校に行ったり友人と時間を過ごしたりパーティをやったりして楽しい毎日を送るだろう。でも、僕はそれを全然うらやましいとは思わなかった。僕たちは本当に音楽が好きだし、一生懸命仕事をして、それに見合うだけの成果を得ようと努力するだけだった。「自分から音楽を失うことはできないし、ずっと音楽を続けていく」と、その頃から強く思っていたんだ。


Q. 4
ステージでもプライベートでも、いつも兄弟一緒に行動していたとうかがっています。兄弟げんかが起きたときは、どうなさったのですか?

☆ TJ:
僕らは子供の頃から一緒にずっと仲良く暮らしてきた。男兄弟6人で3台の小さなベッドをわけあって育ったんだ。ジャクソン5のツアーには車を使ったんだけど、機材を積むスペースが必要なので、シートが取り払ってある。僕らに用意された場所は機材の隙間だ(笑)。みんな小さくなって、じっとしながら次のライヴ会場にたどり着くのを待つわけさ。1時間やそこらの話じゃないよ、8時間や10時間、移動が続くこともあるんだ!
そんな日々が続くと、自然にお互いをサポートしあうようになる。どう考えても争いが起こる状況にはならない。それに僕らは「ライヴをパーフェクトな状態にする」ことを常に考えていた。ステージを終えるとすぐホテルに向かい、シャワーを浴びて反省会をする。「今日はここがよくなかったから、次は完璧にやろう」。そういうディスカッションなら毎晩やったけどね。


Q. 5
ジャクソン5やジャクソンズの楽曲で、とくにお気に入りのものは?

☆ TJ:
ジャクソン5の頃では、やっぱり最初のビッグ・ヒットとなった「I Want You Back」だろうね。この歌がラジオから流れてきたときの感動は永久に忘れることがないだろう。ジャクソンズ時代に入ると、自分たちで曲を書くようになった。だから、どのナンバーにも思い入れがある。特定の曲には絞れないな。

TITO JACKSON


Q. 6
ステージではブルース・ナンバーも聴かせてくれましたが、昔からブルースが好きだったのですか?

☆ TJ:
もちろんさ。とくにB.B.キングが大好きだ。父も叔父もブルース・ギターを弾いていたし、僕のギター・プレイの最初の手本は彼らなんだからね。僕にとってブルースを演奏するのはとても自然なことなんだ。


Q. 7
マイケルさんに関して、あなただけが知っているエピソードがあれば聞かせていただけますか。

☆ TJ:
マイケルについてはいろんな話が世に出回っているので、「ここだけの話」はないね。ひとついえるのは、彼が自分の家族だけじゃなくて、どんな人にも常に愛情をもって接してきたということだ。他人が少しでもハッピーになれるよう、何かその人の人生に輝きをもたらすようなことをしてあげようとする心の持ち主だった。もちろん彼はずば抜けた音楽的な才能にも恵まれていた。それは神から与えられたギフトといっていいものだった。


Q. 8
ティトさんご自身のソロ・アルバムも制作中とうかがっています。

☆ TJ:
そうなんだ。もう完成に向けて動き出しているよ。アリシア・キーズ、ジョン・レジェンドなど今のサウンドを代表する人たちと、長い歴史を持つ僕とのコラボレーションが含まれている。ジャクソン5、ジャクソンズの頃とはまた違う、いま現在のティト・ジャクソンのサウンドを味わってもらえるはずだ。楽しみにしてほしいね。

TITO JACKSON


Q. 9
最後に、あなたのニックネーム「ティト」の由来について教えていただけますか?
☆ TJ:
実は僕にもわからないんだよ。本名はトリアーノというんだが、たぶんみんな発音しにくかったんじゃないかな(笑)。本当に幼い頃から、僕はみんなにティトと呼ばれていた。そして今も呼ばれているわけさ。




TITO JACKSON - ☆ P+M映像 : TITO ...

2010/07/16

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☆ TITO JACKSON


ジャクソン一家の次男でありジャクソン5、ジャクソンズのメンバーとして
活躍したギタリストのティトがブルーノート東京に初登場、
一周忌を迎えたばかりの弟マイケルに捧げる“ジャクソン5グレイテスト・ヒッツ”
ライヴを行っています。
そんな彼らの初日のパフォーマンス&メッセージ映像をアップしました!

温厚で人柄が良く、マイケルの良き相談相手だったというティト。
父ジョセフのギターを隠れて弾いていたティトが弦を切ってしまったことが、
ジョセフが子供たちの才能に気付くきっかけ、ジャクソン5結成のきっかけになったそう。
『帰ってほしいの』『さよならは言わないで』『ABC』『小さな経験』
『アイルビーゼア』『ダンシングマシーン』・・・。
イントロを聴いただけで心躍る大ヒット曲、名曲やソロアルバムからの
ナンバーも披露、ティト・ジャクソンの公演は7.19mon.まで。



●7.15thu.-7.19mon.
TITO JACKSON
performing the JACKSON 5's Greatest Hits -A Tribute to MICHAEL JACKSON-



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