「普通の歌手とは次元が違う。ボビー・マクフェリンの良さを知るには、生で聞きたい」ピーター・バラカン
BOBBY McFERRIN
| 3.20 fri. ─ 3.23 mon. |
《公演特別インタビュー》PETER BARAKAN(ピーター・バラカン)
「普通の歌手とは次元が違う。
そんな彼の良さを知るには、生で聞きたい」
歌唱法や音楽ジャンルなど、定まった枠を発想豊かにひとっ飛び。
そして、それら多彩な活動の奥には真の自由と、得難い人間味が横たわる。
そんな真に解き放たれた
ボビーの表現に魅了され続けているピーター・バラカンさんに、彼の魅力を語ってもらおう。
─ ボビー・マクファーリンを最初に聴いたときの印象はどんなものだったのでしょう?
「すごいことをやる人がいるんだな、と思った。声で変わったことをやるというのは、ローリー・アンダーソン(NYならではの自由な発想を体現した、ボーダーレスなパフォーマー。後に、ルー・リードと結婚)が最初だと思うんだけど、ちょうどその後にボビー・マクフェリンが出て来て、体を叩きながら......」
─ マクファーリンではなく、マクフェリンですか。
「そうですね。英語の基本的な発音ルールで、rrがあればその前のeは必ず短い。だからぼくはいつもマクフェリンと言っています」
─ では、ここではマクフェリンと記しましょう。
「それで、ボビー・マクフェリンが体を叩いたりして歌っていて、ローリー・アンダーソンと同様の事をする人がいるんだと思った。テクニック的な部分では2人は共通点もあるんだけど、彼の声自体は何が出てくるか分らないような、ものすごくスリリングなところがあって、それがすごく面白かった」
─ それで、聞き手をあっと驚かせた後、アカペラによるポップ・ソング「ドント・ウォーリー、ビー・ハッピー」(1988年)を出しました。あの曲は、全米1位を獲得しました。
「オリジナルですよね。あの曲は一見単純なんだけど、皮肉っぽくもある。それで、すごくクスクスとなっちゃう所があって、誰が聴いても好きになる曲ですよね。あれは映画「カクテル」に使われていたんだけど、彼は映画のために書き下ろしたんじゃないかな。普通にアルバムのために作った感じがしない。もう、聞いてすぐヒット曲だと分るものだから」
─ ちょうどミュージック・ヴィデオが盛んなころで、MTVでも盛んに流れました。ある意味、異色の曲ですよね。
「流れたね。ちょうど〈ポッパーズMTV〉が終わったころなので、僕はかけていないんだけど。彼の場合、ものすごい振り幅が広い。お父さん(ロバート・マクフェリン、1921~2006年)がオペラ歌手だし。「ポーギー&ベス」(ジョージ・ガーシュウィンが1935年に作った、南部アフリカ系アメリカ人を題材とした著名オペラ)の映画のシドニー・ポワティエの歌のシーンは、彼のお父さんが(吹き替えで)歌っているんだって。そして、ボビーは子供の時から「ポーギー&ベス」を聞いて育っていて、どの音楽よりも彼の体内に強く生き続けている。彼は「ポーギー&ベス」にある黒っぽさを大切にしていて、そのうち、自分でもやるかもしれない」
─ それは、ぜひ聞いてみたいですね。
「『スピリチュオール』も、お父さんの影響が強いみたいね。CDのブックレットのなかに、お父さんがスピリチュアルを歌ったアルバムのジャケットが載せられていて、お父さんへのトリビュートみたいなものですよね。いきなり新作の話に飛んじゃったけど、本当に彼は幅が広いし、次々とやることが変わる」
─ でありつつ、どこかで地に足を付けていて、人間味やユーモアを失いません。
「ピュアなものと、土臭いものと、両方持っているよね。それが、ユニーク。あのような感覚を持った人はいないね。いるとすれば......ときどき似ていると思うのは、リチャード・ボナ。一緒にやっているレコードもあるよね」
─『ビヨンド・ワーズ』(2002年)ですね。
「リチャード・ボナが10数年前に来日したとき、TVでインタヴューをしたことがあって、あなたの歌い方はボビー・マクフェリンを連想させると言ったら、本人も感じるものがあると言っていた。一緒に録音したとその時に言っていたんだけど、その直後に『ビヨンド・ワーズ』が出たんだと思う。カメルーン生まれだから当然なんだけど、リチャード・ボナの歌ってアフリカ的ですよね? アメリカの黒人のようなコブシを使わない。そして、ボビーもそういう所がある」
文句無しの名盤、『スピリチュオール』
─シンガーとしてエスタブリッシュされてから、クラシックを勉強し直して、オーケストラの指揮者になったりしたのもすごいですよね。
「今もあちこちで指揮をやっている。「60 Minutes」というアメリカのドキュメンタリー番組に彼のリポートがあって、指揮をするクラシックのコンサートのアンコールの部分でオーケストラの人たちに「ウィリアム・テル」をやらせた。自分の楽器を弾かせるのでなく楽器のパートを歌わせるんだけど、それがまた抱腹絶倒。そういう面白さで、彼はクラシックを聞かない人にも、それが身近なものになるようにやっている。(クラシックでは)チック・コリアとやっている『モーツァルト・セッション』もいいアルバムだった。ボビーは面白い歌手、というよりもミュージシャンですね。そして、今度の『スピリチュオール』は文句なしに名盤だと思った」
─どのようなところが名盤なのでしょう?
「理屈っぽく聞こえるかもしれないけど、(題材となった)黒人霊歌って、我々が今聞いているポップ・ミュージックすべてのベースだと思うんです。ロックンロールのルーツがどこにあるかとすれば、ここにある。奴隷たちがアフリカからアメリカに渡った際、白人たちからアフリカの音楽をやる事を許されず、歌うことができたのは賛美歌だけ。でも、その賛美歌をアフリカから来た人たちが歌うと、当然メロディも変わって来る。そのスピリチュアルは単純に聞こえても、反抗的なメッセージが隠されているものが多くて、複雑な側面を持ってもいる。でも、そういうことを知らなくても、すごい高揚感があります。それは普遍的なもので、それを彼があの独特な歌い方で歌うと、とても旧い物であると同時に、とても新しい物にもなる。一度聞いただけで、すごいアルバムだと思った」
─"アメリカーナ"と言いたくなる、サウンドも絶妙ですね。
「そうですね。ラリー・キャンベルのようにアメリカーナ畑でやっているミュージシャンとギル・ゴールドスティーンらジャズ畑の人が一緒になっている。洗練された部分もあり、土臭い部分もあり。そのバランス感覚がいいんですよ」
─そこには、エスペランサも入っていました。
「このアルバムの彼女、良かったよねー。個人的にはこういう環境でもっともっと聴きたい人です」
父から子、様々な音楽家を刺激する
─今回のブルーノート東京の公演は、その『スピリチュオール』をフォローするライヴになるようです。
「彼の世界だったら、何をやってもいいです。もちろん、このアルバムが大好きだから、ここからの曲をたくさんやってくれるのは、うれしい。彼はそんなに来日が多い人でないので、とにかく楽しみです」
─同行メンバーには、シンガー・ソングライターをしている娘さんのマディソンも入っています。今クラブ・ミュージック側で注視を受ける息子さんのテイラー・マクフェリンによれば、妹である彼女はかなり才能あるとのこと。テイラーには昨年インタヴューしたんですけど、お父さんの話を振ったら、とてもうれしそうで、父を即興的なパフォーマーとして尊敬しているようでした。
「それは楽しみ。ヒップホップ世代のあの息子も、これから面白いことやっていくんだろうな。ボビーはパフォーマンス・アーティスト的な所があって、本当に普通の歌手とは次元が違うパフォーマー。初期にライヴのDVDを出していて、それが印象深い」
─ライヴがソースとなるアルバムも複数ありますし、"生"でこそ自分の持ち味は出せると思っている所は見受けられますね。
「そうだよね、本当に即興も強いし。彼は、完全に自由だと思う。ミュージシャンってどこか枠にはめようとすると、反発する人が多いけど、ボビーはその最たる者ですね。ドレッド・ヘアーの彼はクラシックの指揮をするときもカジュアルな格好でしています。ジャンル的な事についてもそうだし、こういう音楽だからこういう格好をするというのもなし。そういう意味でも大好きな人ですね。本当に素敵な人だと思います。そして、そんな彼の良さを楽しむためには、やっぱり生で聞きたいです」
photography = Hiroyuki Matsukage
text = Eisuke Sato
RECOMMENDATIONピーター・バラカンさんお薦めの5枚
『SPONTANEOUS INVENTIONS』(1986)
先達異才歌手のジョン・ヘンドリックス、ハンコックやショーターらが入った通算4作目。「ジャンルには捕われない当時としてはとても革新的な音楽で、その様には参りました」
『MEDICINE MUSIC』(1990)
ヴォイセストラと名付けたクワイアーによる一作で、父親ロバートも参加している。「"声だけのオーケストラ"を聞いていると、すごく体にも心にもいいという気がします」
『ハッシュ!』(1992)
チェロ奏者のヨー・ヨー・マとの共演作で、ボビーの曲とクラシック曲を半々づつ取り上げる。「ヨー・ヨー・マもすごく柔軟性のある自由人。だから、2人の相性は抜群に良い」
『ビヨンド・ワーズ』(2002)
全スキャットによる、脱ジャンルのヴォーカル盤。「この人は、本当にタイトルの付け方が上手い。(ゲストの)ポナとボビーは血で繋がっていない兄弟なんじゃないかな」
『スピリチュオール』(2013)
かつて父親が録音した黒人霊歌やそれを規範に置くボビー自作曲を、広がりあるアーシー音を介して開く。「ジャンルなんか超越しているし、真似のしようがないもの」
- 佐藤英輔(さとう・えいすけ)
- ロック、R&B、ジャズなどを無節操に愛好する物書き。マーカス・ミラー公演時の2月20日にロビー・フロアのBar BACKYARDで少し回します。ライヴのことを扱うブログは、http://43142.diarynote.jp