なんと贅沢なジャズ/フュージョン・フェスティバル!
テクニカルかつグルーヴィーな、このジャンルの醍醐味を堪能。
そして、インストゥルメンタル・ミュージックの明るい未来を確信できた!!
久しぶりのジャズ/フュージョン・フェスティバルだ。このようにホールで開催される大掛かりなフェスは何年ぶりだろうか。おそらく、2012年12月20日に東京国際フォーラムAで開催された『CROSSOVER NIGHT』(CROSSOVER JAPAN の流れを汲むこのイベントも、7年振りだった)以来の快挙だろう。ここ3年ばかりはコロナ渦の時期を挟んだという不運もあったが、こういった形でのフェスの開催をファンは待ち望んでいたに違いない。前売りチケットが即日完売したという反応が、ファンの期待度の高さを表している。
このフェスはブルーノート東京の35周年イヤー関連企画として開催された。ブルーノート東京は1988年11月に東京/南青山にオープン。ニューヨークの名門ジャズ・クラブ、Blue Noteと契約しており、世界の一流アーティストによるライヴを至近距離で見ることができる。しかもモダンかつシックな空間で、美味しい食事やドリンクとともにライヴを楽しめる、ジャズ・クラブ&ライヴ・レストランというスタイルだ。ある程度の年齢層からはこういうスタイルが好まれることからも、アーティストとファンを繋ぐ良質な空間を35年にわたって音楽ファンに届けてきた功績は大きい。
そんなブルーノート東京の周年を祝うべく、この日はゆかりのある日本のジャズ/フュージョン界を代表する4バンドが一堂に集結し、TOKYO DOME CITY HALLで一夜限りのスペシャル・コンサートを繰り広げた。そして、会場を埋め尽くした2500人の大観衆をテクニカルかつグルーヴィーな演奏で酔わせた。では、この日の模様を順を追って紹介しよう。
まずは、スーパー・ベース・ユニット ULTRA FANTASTIC WORLDWIDE UNIVERSAL GREATEST BASS&SHOUT THE REVOLUTIONがオープニング・アクトとして登場。この日、登場するベーシストであるナルチョ、二家本亮介、田中晋吾というトリプル・ベース・ユニットを、T-SQUAREの坂東慧(ds)とCASIOPEA-P4の大髙清美がサポート。演奏だけでなくトークも含めて、場を温め過ぎるほどの熱演だった。
そして、一番手は前身であるオリジナルのCASIOPEAから数えれば40年以上の歴史を持ち、現在は第4期にあたるCASIOPEA-P4。メンバーは第1期から不動のリーダー、野呂一生(g)、第2期から参加の重鎮、鳴瀬喜博(b)、第3期から参加のマダム大髙清美(key)、そして昨年から第4期に新加入の今井義頼(ds)。CASIOPEA 3rd時代の「DAYS OF FUTURE」で幕を開けたステージは、昨年の10月にリリースされた最新作『NEW TOPICS』から4人それぞれが作曲した収録曲「TODAY FOR TOMORROW」「NoOne…EveryOne…」「Vivaciously」「DAILY BREAD」を挟んで、第1期の必殺チューン「DOMINO LINE」と「ASAYAKE」で締めるという濃厚な約40分。最新アルバムをアピールしながらも、短い時間の中にバンドの長い歴史と普遍的な芯が感じられるステージだった。このバンドでしか出せないサウンドをしっかりと持っていることを改めて実感できた。もちろん、デビュー当時から言われていた、スリル/スピード./スーパー・テクニックというキャッチフレーズは40年を超えた今も健在だ。
ここで、ステージ狭しと4台設置されたドラム・セットに、今井義頼、川口千里、坂東慧、則竹 裕之がスタンバイし、Super Ultra Hyper Miracle Drum Summit と名打ち、約10分の白熱のドラム・バトルを展開。さすが日本を代表する名手たちだけある。打楽器だけの演奏ながらも、周りに和音やメロディがイメージできそうな空間を演出している。それぞれの表情豊かな演奏に、観客全員の目は釘付けになっていた。
そして、則竹だけを残してステージは2番手であるディメンションが引き継ぐ。カシオペアやスクエアよりはひと世代後輩とはいえ、昨年30周年を迎えたベテラン・ユニットだ。この日、勝田一樹(sax)、増崎孝司(g)をサポートするのは、アルバムのレコーディングでもお馴染みの則竹裕之(ds)、二家本亮介(b)、そしてDEZOLVEの友田ジュン(key)。30分という短いステージではあったが、初期のナンバーである「Lost in a maze」「Beat #5」から中期のナンバー「Cut to the cool」を経て、最新作『33』からの「Fantasy Kingdom」で幕を閉じる4曲の流れは迫力満点。この日は特にフロントである勝田と増崎の音色が、立体感、音抜け、ダイナミクスのコントロール、ともに素晴らしかった。近未来サウンドと称されるディメンションの音楽の特徴は驚愕のハイファイ・サウンドの中で、息つく暇もなく波状攻撃をしかけてくる重厚なアンサンブル。この日の演奏にも、ディメンションならではの個性が際立っていた。
そして舞台転換の間にステージに残った増崎がソロで奏たのは、THE SQUARE時代の泣きのギター曲「Tomorrow’s Affair」。さすがギタリストならではの、ギター目線な選曲。今回はこの場にいない元メンバーのギタリスト安藤正容へのリスペクトだろうか。この意外な選曲は、懐かしくもあり嬉しくもあった。
ステージには増崎と勝田が残り、そのままT-SQUAREの「Megalith」が始まる。こういった組み合わせの妙も、フェスなればこその楽しみだ。T-SQUAREのメンバーは伊東たけし(sax、EWI)、坂東慧(ds)、そして元メンバーの本田雅人(sax、EWI)と松本圭司(key)、さらにレコーディングやライヴにも参加している田中晋吾(b)、外園一馬(g)がサポート。かなり自由度の高い演奏が、ライヴを重ねることでバンドがこなれてきたことを表している。今年リリースした通算50枚目のオリジナル・アルバム『VENTO DE FELICIDADE ~しあわせの風~』から本田作曲の「Maverick Moon」、坂東作曲の「海のみえる坂道で」、河野作曲の「CLIMAX」と3曲が続く。そして「FLY! FLY! FLY!」「TRUTH」で終わる約40分のステージからは、確かに聴く人を温かい気持ちにさせる “しあわせの風” が吹いてきた。誰もが、そう感じたはずだ。
さて、いよいよステージも終盤に差し掛かる。伊東と本田のアドリブ・セッションに次なるバンドのリズム・セクションである川口千里(ds)と川村竜(b)が加わり、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラのステージが始まる。まずは、伊東と本田を含めた編成で、急逝した元T-SQUAREのメンバー、和泉宏隆の曲のメドレーでスタート。今年で結成10周年を迎えるブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラは、トランペット奏者であるエリック・ミヤシロを音楽監督として2013年に発足。ジャズ・オーケストラという編成ならではのゴージャスなアレンジと演奏で、時代を超えて愛される名曲の数々を送り出してきた。この日も、チック・コリア、スティーヴィー・ワンダー、ステップス・ア・ヘッド、ジャコ・パストリアス、スナーキー・パピーなどのちょっとマニアな曲をエリック・ミヤシロによる素晴らしいアレンジで披露。強力なソリストである小池修(sax)、本田雅人(sax)や、急遽イベントに駆けつけた中川英二郎(tb)たちの演奏もさることながら、立ち位置の離れた宮本貴奈(key)のクールな音使いも光っていた。
アンコールでは、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラへ勝田、増崎、伊東、坂東、今井が加わり、ジョー・ザヴィヌルの「バードランド」を演奏。ハイテクニックを極めたソロ回しを経て大団円を迎えた。
約4時間にわたるステージを見て思ったのは、今日ここで聴いたのはとても自由な音楽であること。かつてクロスオーバーと呼ばれた70年代の初期、お互いが触発し合い、ジャンルに収まることを良しとしないクリエイティヴなエネルギーが既成の枠に収まりきらずに爆発した音楽。今日ここで聴いた音楽にも同じ匂いを感じた。もともとフュージョンとは特定のサウンドを指すものではなく、ジャンルの垣根を超えるという概念や行為を指すものなのだ。
その後いつしか16ビートを基本としたハイテクニックな演奏や心地よいキャッチーなサウンドを指すようになり、ジャンルの形骸化が問題視された時期もあったが、決してそれが全てではない。確かに商業的ブームとしてのフュージョンの時代は過ぎ去ったように語られることが多い。しかし、それは現象を表面的に捉えたにすぎない。変化しようという概念の裾野は果てしなく広いのだ。新しいものをクリエイトしたいというアーティストの欲求、そして新しいものを聴きたいと望むリスナーの欲求があるかぎり、音楽は進化の過程で様々な要素を呑み込んでいく。(もちろん、ある時代のサウンドを伝統芸能の如く極めて継承することも大切だが、それはまた別の問題だ。)つまり、ジャンルの壁を越えて音楽を創造しようという流れは現在も脈々と息づいており、昔も今も概念/行為としてのフュージョンは音楽シーンの根底に力強く根付いている。その支持層はやはり70年代~80年代にこれらの音楽をBGMとして聴いて過ごした50~60代の世代が中心かもしれない。しかし今ではそのジュニア世代にあたる若い人たちにも熱心なファン層が拡がってきていることも興味深い現象。
近年は若手のアーティストだけでなくベテラン・ミュージシャンも健在ぶりを示す新作をリリースしている。これは大切なことだ。だからこそ、フュージョンはナツメロなジャンルに陥ることなく、若い世代をも巻き込むことができているのではないだろうか。また、オリジナル旧譜も続々とリイシューされていることは、頼もしい援護射撃。さらに昨今世界中でブームとなっているシティ・ポップのレコーディングにも、フュージョン・プレイヤーがスタジオ・ミュージシャンとして参加していることが多い。それは現代の J-ポップにおいても然り。現在のフュージョン・プレイヤーたちも J-ポップの分野でスタジオ・ミュージシャンとして演奏している。つまり、世界中のシティ・ポップを聴くリスナーが J -フュージョンの次なるリスナーになる可能性は極めて高いということだ。
そして団塊世代の楽器ブームとはひと味違う、若年層に見られる超絶テクニック志向の楽器ブームも追い風となり、J-フュージョン・シーンは再び静かな盛り上がりを呈している。ハイレベルな演奏力に若者の注目が集まることも、喜ばしい現象だ。また、若者の人気プレイヤーが登場することも、未来につながる好ましい現象。それを目指して楽器を始めるさらに年少の若者にまでジャンルの裾野が広がるからである。今回のフェスにも、川口千里、友田ジュンをはじめとする、実力ある若手プレイヤーが多く登場していた。これからは彼ら、彼女たちと同世代のバンドが J-フュージョン・シーンを牽引していくことだろう。
元来、地道な努力を要する楽器練習の訓練/研鑽という作業は、忍耐強い日本人には適している。また、近年では音楽を聴く環境や楽器の教則ツールも充実してきた。メタルやクラシック・ギターはもちろん、ジャズ/フュージョンを目指す若いプレイヤーに超絶テクニシャンが多いのにも納得がいく。そんな彼らが、自身の力をフルに発揮できるフュージョンというジャンルに向かうのは必然的だ。また、J-ポップのバックで演奏する際にも、彼らの卓越したセンスは感じられることだろう。おそらく、演奏力のレベルはますます上がっていくに違いない。頼もしいことだ。テクニックを誇示するだけではなく何かを表現するためには、高度な演奏力は不可欠であり、技術が高ければ高いほど表現できる幅は拡がる。ハイ・レベルな演奏、ハイ・センスな演奏は必ずリスナーに共感と興奮をもたらす。そして、この共感と興奮は違う世代にも飛び火することだろう。これからもより多くの音楽ファンがジャズ/フュージョンの魅力に触れ、ジャンルにこだわらないインストゥルメンタル・ミュージックを楽しむことを望みたい。このBlue Note Tokyo 35th presents Jazz-Fusion Summit 2023 がその起爆剤となることを願う。
Text:近藤正義
撮影:古賀恒雄