【スペシャル・インタビュー】松丸契 〈後編〉
『The Moon, Its Recollections Abstracted』
その制作過程の裏側に迫る
2022年屈指の一枚と言っていい、サックス奏者/作曲家の松丸契による2ndアルバム『The Moon, Its Recollections Abstracted』。2023年2月6日(月)にはブルーノート東京にて、石井彰(p)、金澤英明(b)、石若駿(ds)らBoysのメンバーに加え、ゲストとしてアルバムにも参加しているシンガー・ソングライター、石橋英子を迎え、リリース・ツアーのファイナル公演を開催する。
Interview & Text = Narushi Hosoda
Photo = Kana Tarumi
Live Photo @COTTON CLUB = Yuka Yamaji
ジャズ的なバックグラウンドを窺わせつつも、電子音楽やノイズ、アンビエント/ドローン、そして歌モノまで、多彩な要素が混じり合うジャンルレスな魅力を湛えた本作。昨年10月17日に東京・丸の内のコットンクラブで開催されたリリース・ライヴでは、そうしたジャンルレスなアルバムのありようを、あらためて"カルテットをベースにした表現"(松丸契)へと落とし込むような、生演奏ならではのダイナミズムを生んでいた。前編・後編の2回に分けてお届けするロング・インタビューの後編では、本作のコンセプトとなっている"即興と作曲の対比と融合"および"具体化と抽象化"を巡って、収録曲を取り上げながら制作過程の裏側に迫ったほか、今後の目標についてもうかがった。
--前編のインタビューで仰っていたように、今作『The Moon, Its Recollections Abstracted』は全楽曲を松丸さんが自ら作曲した初のアルバムでもあります。その意味では松丸さんの作曲家としての側面も強く出た作品だと言えそうです。
「そうですね。あといわゆる完全即興を入れていないんですよ。正確には1曲だけ完全即興に近い曲もあるんですが、構想は最初から頭の中に入れていたので、ある意味ではそれもあらかじめ作曲しているというか」
--今回のアルバムでは"即興と作曲の対比と融合"および"具体化と抽象化"がコンセプトとして掲げられています。"即興と作曲の対比と融合"をコンセプトにしたのはどのような理由がありましたか?
「いろいろなレコーディングに参加してきて、そこで演奏するときと、ライヴで演奏するときって、やっぱり感覚が全然違うんです。そもそも演奏のアプローチの仕方が違う。なのでその感覚の違いみたいなものを、自分の作曲の感覚と照らし合わせながら録音作品に落とし込みたい、という狙いがありました」
--たとえば4曲目の「didactic / unavailing」では、ピアノ&ベースが作曲された整然とした演奏で、それに対してサックス&ドラムが即興的に暴れまわるような演奏をしています。"即興と作曲の対比と融合"というコンセプトが聴感上でもクリアに出ていますよね。
「〈didactic / unavailing〉について言うと、最初にピアノとベースだけ僕がコンダクトしながら、用意していた曲を2周続けるというレコーディングをして、その後、録音した音源をすごく小さな音量で聴きながらサックスとドラムが即興演奏して重ねる、という録り方をしました。即興演奏といってもあらかじめ対比させたいということは石若さんに伝えていましたし、"細かい音で激しめに、角のある演奏をする"というようなこともディレクションしていたので、その意味では完全な即興とは言い切れない。それよりもむしろ、対比的な演奏を併置することによってもう一つのレイヤーが聴こえてくるようにしたというか。それに、違う時間軸で演奏して、違う空間で鳴っている感じにもしたかったんです。これは録り方の話ですけど、実際には僕も石若さんも最初から最後までピアノとベースの音をうっすらとは聴いているので、同じ時間内で終わるようにはしていて」
--どの楽曲も譜面は用意しているんですよね?
「そうです」
--「didactic / unavailing」の譜面にはどのような指示が書かれているのでしょうか?
「譜面はバッハの4声コラールみたいなものにコードを振っていて、それを見て石井さん(ピアノ)と金澤さん(ベース)に演奏していただいています。僕(サックス)と石若さん(ドラム)は譜面は見ずに、うっすらと聴こえてくるピアノとベースの音を頼りに演奏しました。ただ、実際に演奏しているとたまにしか聴こえてこないんですよね。本当に小さい音で流していたので。だから僕と石若さんは曲の全体像を把握しながら演奏しているというより、メロディとハーモニーのおぼろげな変化を掴みつつ、状況に応じてどういうふうに対比できるかみたいな感じで演奏していました」
--他の収録曲で"即興と作曲の対比と融合"というコンセプトが強く出ているトラックはありますか?
「基本、どの楽曲でもそうです。曲によってどこで対比や融合を行なっているのか、アングルが違うというだけで。たとえば1曲目の〈Let's start by going in circles / 堂々巡り〉だと、15小節のループをずっと続けていくという構造になっていて、コードは振ってあるのでその中でどう演奏していくか、みたいな。ベースだけ譜面に書かれた通りに弾いていて、他の奏者は即興的に演奏しています。だからわりとオーソドックスなアプローチではあるんです。けれどソングフォームがなくて、ただサイクルだけが続いていく。それで"堂々巡り"という曲名にしました」
--「Let's start by going in circles / 堂々巡り」では松丸さんがハルモニウムも演奏していますよね。
「はい。ハルモニウムは僕が1音ずつ、計4パート作って重ねていきました。ハルモニウムの重ね方は、あるコードから次のコードへの移り変わりがはっきりしないように、両方のコードに共通する音や鳴っていても違和感がない音を選んでいて。多くの場合、ポップスやジャズだとコードが切り替わるタイミングって決まっているんですよね。1小節だったり2拍だったりして、そこにリズムがわかりやすくついていることもあるんですけど、そういった境目をなくしたくて。それで全部が繋がるような感じにしました」
--サウンドの曖昧な感じというのは、いわゆるアンビエント・ミュージックにも近いと思うんですが、それはもう一つのコンセプトである"具体化と抽象化"とも関わっているんでしょうか?
「"具体化と抽象化"というのは、一度完全に具体化したものを作り、そこからどうしたら離れることができるのか、どうしたらその具体化したものではないように聴こえるか、みたいなことを考えていました。つまりどの楽曲も譜面に完全に書いてあって、コードやベースライン、それらがどのタイミングで変わるのかも決まっているんですけど、そうした構造を平らにぼかしていくというか」
--するとやはり今回、音色が滲むように変化するという意味でも特徴的なのが、エレクトロニクスの多用であると思います。そこは前作との違いの一つでもありますが、エレクトロニクスの使用にはいま仰ったような"抽象化"の作業も念頭にあったのでしょうか?
「そうですね。エレクトロニクスの音って無機質なところがあるので、生楽器と違って音の質感的に繋ぎ目として使えると思うんです。特徴的な音でありつつ、ある意味では聞き流せるというか。なので特徴の違うアコースティックな楽器の音の間を繋ぐ役割が果たせるなと思って、今回は比較的多く使いましたね」
--7曲目の「Recollections Abstracted」ではフィールド・レコーディングの音も使用されています。
「クレジットにはフィールド・レコーディングと書いているんですけど、実はこれ、ライヴの録音なんですよ。僕のソロ・ライヴの音を加工せずにそのまま使っているんです。下北沢SPREADでエレクトロニクスのソロ・セットをやったことがあって、そのライヴ音源を聴き返しているときに、ちょうど〈Recollections Abstracted〉の尺と同じくらいの長さで一つの区切りがつくような展開になっていて。それでそのまま重ねようと思い立ちました。もともと何かしらのフィールド・レコーディングを使って、違う空間を並べたいとは考えていました。別々の空間で生まれた、関係ない音同士を重ねようと思っていて。それでそのソロ・セットの録音を重ねてみたら、音の展開の仕方や起伏みたいなものが信じられないほど曲とマッチしていて、これはもう絶対に使わなきゃいけないなと」
--「Recollections Abstracted」はタイトル曲で、先行配信されたシングルでもありますね。今回のアルバムを象徴する1曲とも言えそうですが、松丸さんとしてはどのような位置づけにある曲なのでしょうか?
「象徴する曲というよりは、各曲に入っているいろいろな要素が比較的多く組み込まれている曲だなとは思っています。エレクトロニクスを使っているのをはじめ、サンプリングを用いていたり、重ね録りしていたり。作曲した部分に対する即興的な部分のバランスも釣り合いが取れているというか。他の曲にはかなり極端な曲もあるんですけど、〈Recollections Abstracted〉は音楽的にちょうど真ん中に位置する曲なのかなと思います」
--極端な曲というのはどの楽曲ですか?
「たとえば3曲目の〈フィロラオス〉は作曲されている要素がすごく多いんですよ。一方で〈didactic / unavailing〉はサックスとドラムがかなり即興に寄っている。他にも、5曲目の〈春時雨〉はアコースティックだけのアンサンブルですが、反対に8曲目〈回想録 #2: reconstruction〉は生楽器にエフェクターを通した音だけを使用していて、しかも完全に作曲しているんですね」
--作曲と即興のバランスで言うと、2曲目の「Big Busy Lake, Bijireiku」はキメが多くて緻密にコンポジションされている感触があります。
「実は最後の〈And we'll keep on going〉もキメが多いんです。でも間隔をかなり空けているので、あまりキメには聴こえないような感じになっているのですが、完全な即興になるセクションはなくて。〈Big Busy Lake, Bijireiku〉ではむしろ、完全な即興に入る部分は作曲されている部分より長く設けています。ただ、まるでフォームをなぞっているかのような即興にしたくて、そういうディレクションをしているので、もし緻密にコンポジションされているように聴こえたのだとしたら狙い通り(笑)」
--なるほど、そうなんですね。てっきり細かい指示がびっしり書かれているのかと(笑)。ちなみにアルバム・タイトルの"The Moon,Its Recollections Abstracted"にはどのような意味を込めているのでしょうか?
「"abstracted"は普通"抽象化された"と訳されますけど、そういう意味では使っていないんです。形容詞ではなく動詞の"abstract"の過去分詞なんですが、もともとあった文脈から分けて別のところに持っていく、というか、日本語で説明するのはなかなか難しい(笑)。とにかく、"recollections(記憶、回想)"をもとの文脈から別のところに持っていく、というような意味合いがあります。ただ、もちろん他の意味合いで捉えることもできるので、その辺りはあまり意味がはっきりしないような言葉の並べ方にしました」
--今回のアルバムでは多重録音やエフェクトを駆使していて、ピアノを共鳴体として使用するなどレコーディングへのこだわりが窺えます。マイルス・デイヴィスのアルバムでプロデューサーのテオ・マセロが編集を施したような大胆なポスト・プロダクションは行なっていますか?
「いや、素材を切ったり音の順番を入れ替えて貼ったりはしていなくて、レコーディングしたときの流れはわりとそのままにしています。あくまでも多重録音やエフェクトで手を加えていて、たとえば〈And we'll keep on going〉のイントロでは、石井さん、金澤さん、石若さんと僕の4人の楽器の音を、僕が普段ソロのセットで使っているエフェクターを通して加工しました。いちど楽器の演奏を録音してからエフェクターを通して手でツマミをいじりつつ、何回か試して納得のいくテイクを残しています」
--つまりパソコンの中でエフェクトをかけるだけではなくて、ある意味ではライヴのようにエフェクターを用いて録音物を加工していると。
「そうです。その手法は1曲目の〈Let's start by going in circles / 堂々巡り〉でも使いました。最初の曲と最後の曲はタイトルも関連性があるんですけど、音にも関連性を持たせていて、それで最後の曲で使ったのと同じエフェクターで最初の曲のイントロのピアノとベースにエフェクトをかけているんです。曲の作り方もコード進行のループという点では共通しています。それと、アルバム全体の中で1曲だけ独立してしまうようなことにならないように、どの曲もどこかしら関連性を持っているような作り方をしていて。〈フィロラオス〉の最後のメロディも、まあ、あまり全部ネタバレしてしまうとアレなので言いませんが(笑)、それぞれ関連性があるようにしていますね」
--最後に、2ndアルバムの完成を経て、新たに発見したことや次の目標などがもしあれば教えてください。
「ポスト・プロダクションについてもっと勉強したいとは思いました。そこにもっと自由度があればまた違うアプローチで作品を作れるのかなと。たとえば石橋英子さんも、今回録音を少し手伝ってくださった山本達久さんもジム・オルークさんもそうですけど、じっくり制作して録音作品を作り込むじゃないですか。そのアプローチを僕も一つの手段として取り入れていきたいというか。今は演奏で生計を立てていることもあってサックスの録音やライヴ活動ばかりこなしているんですが、じっくり制作した作品も残したい。演奏が良くても録音作品の強度がない、みたいになってしまうのはどうなのだろうと疑問なので、いろいろ勉強してさらに説得力のある作品を作りたいです」
[前編はこちら]
細田成嗣 (ほそだ なるし)- 1989年生まれ。ライター/音楽批評。2013年より執筆活動を開始。『ele-king』『JazzTokyo』『Jazz The New Chapter』『ユリイカ』などに寄稿。2018年より「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」と題したイベント・シリーズを開催。2021年1月に編著を手がけた『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社)が刊行。
RELEASE INFORMATION
Kei Matsumaru
『The Moon, Its Recollections Abstracted』
(SOMETHIN' COOL)
2022年10月19日発売
LIVE INFORMATION
KEI MATSUMARU QUARTET
Album Release Tour Final
featuring EIKO ISHIBASHI
2023 2.6 mon.
[1st]Open5:00pm Start6:00pm
[2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/kei-matsumaru/
<MEMBER>
松丸契(as,ss,electronics)
石井彰(p,rhodes)
金澤英明(b)
石若駿(ds,per)
【Special Guest】
石橋英子(vo,fl,electronics)