【来日記念特集】SFJAZZ COLLECTIVE〈Chapter 1〉
現代ジャズ最高峰オールスター・バンドが来日!
SFジャズ・コレクティヴのホーム"SFジャズ"とは
カリフォルニア州サンフランシスコのヘイズバレー地区にSFジャズ・センターという施設がある。ここは非営利団体「SFジャズ」が運営するスペースであり、アメリカのジャズにおける重要な拠点だ。
text = Mitsutaka Nagira
コンサートのプロデュースを行っていたランダル・クラインが立ち上げたジャズ・イン・ザ・シティ、そして、サンフランシスコ・ジャズ・フェスティバルから発展した「SFジャズ」はアメリカでのジャズの普及と発展に貢献してきた団体で、コンサートの企画や、地元の子供から大人、プロを目指す若者、ジャズに興味を持ち始めたリスナーまで、さまざまな人たちに向けてジャズに触れる機会とジャズを学べる環境を提供してきた。それらの多くは前述のSFジャズ・センターで行われている。
SFJAZZ Center Introduction
そのSFジャズ・センターの活動の柱の一つに「SFジャズ・コレクティヴ」がある。2004年にサックス奏者のジョシュア・レッドマンを音楽監督に迎え、ジャズ・シーンを代表する8人のミュージシャンたちを集めて結成されたこのコレクティヴはつねに大きなインパクトを与えてきた。
結成当初のメンバーはジョシュア・レッドマン、ブライアン・ブレイド、ミゲル・ゼノン、ニコラス・ペイトン、リニー・ロスネス、ロバート・ハースト、ジョシュア・ローズマン、ボビー・ハッチャーソン。音楽監督のジョシュアが35歳、ミゲル・ゼノンに至っては28歳。シーンではまだ若き才能扱いだったミュージシャンが顔を揃えていたのがわかる。2005年、2006年にはメジャーから『SFJazz Collective 1』『同2』がリリースされていたことからもその注目の大きさがうかがえるだろう。
そこから幾多のメンバー変更を経て、2023年現在はクリス・ポッターが音楽監督を務め、デヴィッド・サンチェス、マイク・ロドリゲス、ウォーレン・ウルフ、エドワード・サイモン、マット・ブリューワー、ケンドリック・スコットの7人に引き継がれている。
SFジャズの特徴はジャズの歴史を尊重しながらも、ジャズがつねに更新され、日々進化している「現在進行形の音楽」であることを示していること。SFジャズはすべてのメンバーがコレクティヴのために新曲を書き下ろし、それを演奏し発表すること、また年にひとりのレジェンドを選び、そのアーティストの楽曲をアレンジしてカヴァーすることとの二つの活動の中心にしている。
メンバーによるオリジナル曲を聴くとよくわかるが、作曲者の個性は表出しているものの、すべての楽曲がSFジャズ・コレクティヴのサウンドとしか表現しようのないものになっている。その理由の一つに、ジャズという音楽は即興演奏のイメージが強いのだが、SFジャズでは「コンポーズ(=作曲)」と「アンサンブル」が重視されていることがあげられる。そのために、リーダーとして自身のアルバムをリリースしていて、かつ作曲家としても活動しているアーティストがメンバーとして所属していて、彼らがSFジャズ・コレクティヴのためだけに楽曲を提供する。しっかりと書かれた楽曲を全員が丁寧に演奏しながら、ところどころに配されている自由なスペースの中ではトップ・プレイヤーとして即興能力を発揮する、というのがここでの流儀だ。すべての楽曲に現代的な新しさが宿りながらも、同時に極めてバランスが良く、どこまでも洗練されたサウンドを鳴らすことができる。楽曲に封じ込められた高度な現代性を、マイルドかつスムースにさえ聴こえさせてしまうことの衝撃はSFジャズ・コレクティヴならではだ。
A look at Chris Potter's 'Mutuality' for the SFJAZZ Collective
また、トリビュートに関しては、最初はオーネット・コールマン、その次はジョン・コルトレーン、3年目はハービー・ハンコック、その後、セロニアス・モンク、ウェイン・ショーター、マッコイ・タイナーといった感じで巨匠の音楽をカヴァーしてきた。この人選に関しては基本的にはコレクティヴのメンバーが強く影響を受けたアーティストを選ぶことになっている。つまり、現在のシーンのど真ん中にいる現役バリバリのアーティストの影響源が選ばれているわけだ。つまり、「現在進行形のジャズとより強い関係性を持っているアーティスト」が選ばれている、と言えるだろう。その後、ホレス・シルヴァー、チック・コリア、ジョー・ヘンダーソン、マイルス・デイヴィスなどのトリビュートが続いているのも、その読み筋で考えると納得できるはずだ。
他にはスティービー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、マーヴィン・ゲイ、さらにはボサノヴァのアントニオ・カルロス・ジョビン、といった非ジャズのアーティストの名前も含まれている。ここにはジャズという音楽が、あらゆる音楽の影響を取り込みながら進化しているハイブリッドな音楽であるというメッセージが示されている。本質的な意味での「新しいスタンダード」の提示により、ジャズのすばらしさを伝えようとしているのだ。
さて、最後に書いておきたいのが、その音楽の中に宿るジャズの捉え方の深さ、広さだ。それはメンバーの人選からも読み取ることができる。当初のメンバーにアルトサックス奏者のミゲル・ゼノンがいた。ミゲル・ゼノンはプエルトリコにルーツを持つコンポーザーでもあり、自身のリーダー作ではプエルトリコもしくはアメリカに根付くプエルトリコ移民の歴史を掘り下げるような音楽をやっている。アメリカのジャズシーンにカリビアンの音楽の豊かさを伝えていた彼の活動は高い評価を受けていて、グラミー賞へ何度もノミネートさている。そんな彼は2019年までSFジャズ・コレクティブに在籍し、SFジャズの顔になっていて、その音楽の中にカリビアン・ルーツの要素を反映させることに貢献していた。その後も同じくプエルトリコ出身のダヴィッド・サンチェスをはじめ、トリニダード・トバゴ出身のエティエンヌ・チャールス、ハイチ系のオベッド・カルバールのようにカリブ海地域にルーツを持つプレイヤーが必ず在籍していた。彼らの存在は音楽にも強く反映されることになり、SFジャズ・コレクティブの音楽には必ずプエルトリコやキューバ音楽を中心にカリブ海系譜のリズムが採用されていた。そもそもニューオーリンズでジャズが生まれた背景にはカリビアンの存在があった。そういったジャズ史のカギともなる要素を明確に提示していたわけだ。言うまでもないが、そのカリブ海地域の音楽をさらにさかのぼるとアフリカへと行きつく。SFジャズの音楽はそのサウンドだけでなく、その人選なども含めて、様々な形でアフリカン・アメリカンの音楽でもあるジャズの本質を伝えようとしていたわけだ。そして、それはSFジャズ・センターでのジャズ教育にも反映され、後の世代へも引き継がれていく。
SFジャズ・コレクティヴの音楽は現代のジャズのさまざまな要素を内包し、それをどこまでもわかりやすく聴かせている最良のグループと言えるだろう。とはいえ、現代ジャズ屈指のオールスターがアメリカ国外へと出る機会は少なく、しかも、日本に来るとなるとあまりに貴重な機会となる。現代のジャズに興味があるなら見逃す手はないだろう。
[後編に続く]
〈CHAPTER 2〉 : "SFジャズのフィロソフィー"
LIVE INFORMATION
SFJAZZ COLLECTIVE
2023 10.15 sun. すみだトリフォニーホール
https://www.bluenote.co.jp/jp/lp/in-concert/sfjazzcollective-bntasjo/
2023 10.16 mon., 10.17 tue. ブルーノート東京
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/sfjazz-collective/
<Member>
クリス・ポッター(ミュージック・ディレクター、サックス)
デヴィッド・サンチェス(サックス)
マイク・ロドリゲス(トランペット)
ウォーレン・ウルフ(ヴィブラフォン)
エドワード・サイモン(ピアノ)
マット・ブリューワー(ベース)
ケンドリック・スコット(ドラムス)
柳樂光隆(なぎら・みつたか)- 1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。 21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集『100年のジャズを聴く』など。鎌倉FM「世界はジャズを求めてる」でラジオ・パーソナリティも務める。