【来日記念特集】SFJAZZ COLLECTIVE〈Chapter 2〉
"SFジャズのフィロソフィー"
インタビュー:ジャネット・ウォン / Jeanette Wong
(SFJAZZ Associate Director, Artistic Programming)
10月に来日し、ブルーノート東京とすみだトリフォニーホールで公演を行うSFジャズ・コレクティヴが特別なグループであることは別記事で触れた。
ここではそのSFジャズ・コレクティヴを運営している「SFジャズ」について深堀するために、Associate Director, Artistic ProgrammingとしてSFジャズの運営に携わる ジャネット・ウォン(Jeanette Wong)さんに話を聞くことができた。SFジャズの概要やコンセプト、その活動の目的、さらにはジャズ観などを直接スタッフから聞けた機会だった。なぜあんな豪華メンバーを集めて、なぜあんなアルバムを制作しているのか、これらはどんな目的に繋がっているのか。それらを日本語で伝えることができる貴重な記事になったと思う。
interview & text = Mitsutaka Nagira
interpretation = Kazumi Someya
―― まずは基本的なところからうかがいます。そもそもSFジャズ、SFジャズ・センターってどういう団体、場所なのでしょうか。
「SFジャズは40年前に始まりました。もともとは〈ジャズ・イン・ザ・シティ・フェスティバル〉を起源としていて、当時は会場をあちこち移動しながら、創設者ランダル(・クライン)が毎回テーマを決めて、それにあったアーティストを集めて行っていたものなのですが、これが大きな成功を収めて〈サンフランシスコ・ジャズ・フェスティバル〉へと発展していきます。それはフェスにとどまらず、春や夏に2〜3カ月くらいの期間でユニフェスが同時に行われるようになり、それが徐々に年間を通し行われるプログラムとなり、2013年にセンターを構えます。オペラやバレエの施設やシアターが点在する、とても芸術的に恵まれた立地に位置していて、そこで大小の会場を巻き込みながら活動を進めています。いまは年間で400本以上のショーをやっていますね。そのなかで、SFジャズ・コレクティヴは代表的なバンドとして存在しています。常設ホールだけでなく、外部のホールとの連携、また教育活動にも力を入れて、学校や放課後の活動などパートナーシップを結んでいる機関でエデュケーション・プログラムを展開しています。そこでは演奏の実践だけでなく、デジタル・コンテンツの作成や配信なども行っています。メインホールは700名を収容するオーディトリアムで、こちらはレイアウトが変動するので、複数のステージを設けたり、ダンスフロアにしたりします。また"ジョー・ヘンダーソン・ホール"という100名収容する小規模な会場でも活動しています」
Women's History Month: Breaking Barriers
ジャネット・ウォンさんも登場するSFジャズの舞台裏を支える女性スタッフを紹介するプログラム
―― そこでSFジャズ・コレクティヴはどういう役割を担った存在ですか?
「SFジャズ・コレクティヴは今シーズンで20周年を迎えます。その記念プログラムを今度の日本公演に持っていきます。基本的にレジデント・アンサンブルとして存在していて、全米から厳選したオールスター級のメンバーが参加しています。個々の演奏が優れているのはもちろんですが、一緒に演奏した時のコレクティヴとしての一体感が優れていることも重視しています。SFジャズは、コンポーザー・ワークショップが派生しますので、作曲力にも重点を置いています。ミュージシャンごとにコミッションとして作品を作ってもらい、それを1カ月かけてワークショップを行い、新曲発表していきます。またアレンジもコレクティヴでやっているのですが、これまでだと年間でモダンジャズの巨匠を一人テーマとして取り上げ、トリビュートにみんなで取り組みます。今期は20周年を記念して、コレクティヴの歴史を振り返ろうという試みで、みんなで持ち寄ったアイデアを一つの大きな作品にする、シェアするということに取り組んでいます」
SFJAZZ Collective: Tiny Desk (Home) Concert
―― 初代ディレクターはジョシュア・レッドマンで、今はクリス・ポッターがディレクターを務めています。ただSFジャズには「ミュージカル・ディレクター」はいても、「リーダー」はいないそうですね。
「そうです、独特ですよね(笑)。現在はクリス・ポッターがミュージカル・ディレクターを務めていますが、このバンドはコレクティヴというとおり極めて民主的な集団なんです。もちろん人が集まれば、意見が分かれることもあるし、みんながみんな同じ方向性であ ることはありません。基本的に曲を提出した人が仕切るというやり方にしていますが、それに対して意見が出れば、それを受け入れるもよし、それを使って何か作るもよしと、その状況を眺めて、うまくオーガナイズされているかをクリスが見守っているという感じです。マネージメントとのやりとりをクリスが担当してくれているので、スケジューリングやアルバムの制作などにもクリスが入ってくれています。とにかくみんな一緒にやることを楽しみにしているので、議論はあっても言い争いになることはありませんね」
―― リーダーなしで成立するのは、メンバーみんながリーダーであり、偉大なメンバーしかいないということが大きいですよね。この人選についてもお聞きしていいですか。
「参加が決まった段階で、サンフランシスコでのレジデンシー期間の日程を確保してもらいます。海外のツアーもあり、国内も最低2回はツアーするというのを契約に盛り込んでいます。ただ過去20年の歴史の中には途中で別プロジェクトに移らねばならなくなるミュージシャンもいて、その時々で対応は違いますが、適任と思われるリストをあげて、マネージメントにあたり、契約に至ります。条件としては、それぞれのバンドで優れたリーダーであり、実力の持ち主でありながら、曲作りに重点があるので作曲能力も大きなポイントです。ジャズ・ミュージシャンなのでインプロヴァイズができればいいという考えもあるかもしれませんが、それだけでなく曲が書けることが大きいです」
SFJAZZ Collective performs 'Smokey' composed by Chris Potter
―― SFジャズは作曲を重要なコンセプトにしているのが大きな特徴です。ワークショップとの関連も話されていましたが、SFジャズ・コレクティヴにとっても作曲が重要であることを詳しく聞かせてもらえますか?
「これはとても時間のかかるプロセスなんです。私たちは質の高い音楽を作りたいと思っているので。年の初めにテーマが決まる。それをみんなに振って曲を書いてもらう。曲とは言わずムーブメント的なものを作ってもらう。みんながサンフランシスコに来るひと月前には曲として完成していなくてもいいので、ある程度の状態にして持ってきてもらいます。2〜3週間のリハーサルをやって、視聴規模のライヴをやります。リハは朝10時から夕方5時くらいまでみんなで同室に集まり、ああだこうだとやるので、見ていてとても面白いです。誰かがアイデアを持ってきたら、それに対してこうやったらどうだろうと、みんなで提案します。その過程はバンド全員でやっていくので、非常に興味深いです」
―― なぜそんなに時間も予算もかかるプロセスをやっているのでしょう? というのも、メンバーはみんな何枚もリーダー・アルバムも出していて、オリジナル曲も人気曲もたくさんある。それをアレンジするのであれば、すぐにできるのに、なぜあんなに忙しい人たちがゼロから時間を割いて曲を作るのでしょうか?
「やはり新しいものを作って、それをプロモートしていくことに力を入れたいんです。そのために参加した人はかならず未発表の作品を提出するということを契約に盛り込んであります。それをみんなで作り上げることになるので、正直なところ時間も予算もかかります。2〜3週間リハーサルをすること自体がミュージシャンにとっても贅沢なことで、ある意味、我々はそれを提供してあげられるということです」
SFJAZZ Collective performs "Perseverance" composed by Edward Simon:
―― SFジャズは年に1作、アルバムをリリースしています。そこではたいてい一人の巨匠を取り上げて、カヴァーしています。選ばれるラインナップはどんな狙いで、どんなプロセスで選ばれるのですか?
「バンドが選んでいます。自分たちに影響を与えてくれた人たちというところで、モダンなコンポーザーから選び出して行くのですが、その時々でテーマが決まっていたりもします。大きなテーマとしては"ジャズはつねに進化している"ということで、私たちはジャズを前へ前へと進めていこうという考えです。ただパンデミックがあったので、ここ最近では少し趣旨が違ったものもあります。でも、いくら名のあるミュージシャンでも、取り上げたアーティストをみんなが同じように知っているわけではないので、コンポーザー・ワークショップでは、そこを均(なら)していく、みんなが親しんでいく過程として役立っていることがあるでしょうね。パンデミック後は、マービン・ゲイの〈ホワッツ・ゴーイング・オン〉のアニバーサリ・イヤーでもあったので、この曲を取り上げました。去年のテーマは"ニュースタンダードとは何か"でしたので、それに基づいて選んだのです。今の時代に響くか、曲にその可能性があるか、現在はダイバーシティも意識して取り上げています」
What's Going On (Live) · SFJAZZ Collective
―― 「ジャズが今も進化し続けている」を伝えるプログラムであることは僕も同意します。たとえばカバー曲を選ぶとき、教育機関がセレクトするときは、歴史を時代順に追ってやっていくというか、ものすごくクラシックな超名曲を選ぶ印象がありますが、SFジャズが選んでいるのは、今のミュージシャンとの繋がりが強い曲を選んでいる気がします。いろんな部分で他の教育機関とは違うと思っているのですが、いかがでしょうか。
「先日、エデュケーショナル・チームと10月からのカリキュラムの打ち合わせをしていて興味深かったのですが、今回は誰をトリビュートするかという議題で、担当者が強調していたのは、子供たち、特に若い世代にとっては、古かろうが新しかろうが、彼らにとっては初めて聴くもので、どちらも同じなんだということでした。私たちもミュージアムのような形にはしたくなく、若い人たちが日常に取り入れられる音楽を提供したいのです。現在だったらヒップホップやポエトリーとのコネクション、あるいはラテンの影響なども見せていきたい。そういうものが加わって成長して広がっていくことを示したいと思います。そして全てひっくるめてジャズなのだということを伝えたいのです」
SFJAZZ High School All-Stars perform "Better Get It In Your Soul" w/ Soweto Kinch & Kebbi Williams
[後編に続く]
〈CHAPTER 3〉 : クリス・ポッターが語る"SFジャズ・コレクティヴの現在"
LIVE INFORMATION
SFJAZZ COLLECTIVE & BLUE NOTE TOKYO ALL-STAR JAZZ ORCHESTRA directed by ERIC MIYASHIRO
2023 10.15 sun. すみだトリフォニーホール
https://www.bluenote.co.jp/jp/lp/in-concert/sfjazzcollective-bntasjo/
SFJAZZ COLLECTIVE
2023 10.16 mon., 10.17 tue. ブルーノート東京
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/sfjazz-collective/
<Member>
クリス・ポッター(ミュージック・ディレクター、サックス)
デヴィッド・サンチェス(サックス)
マイク・ロドリゲス(トランペット)
ウォーレン・ウルフ(ヴィブラフォン)
エドワード・サイモン(ピアノ)
マット・ブリューワー(ベース)
ケンドリック・スコット(ドラムス)
柳樂光隆(なぎら・みつたか)- 1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。 21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集『100年のジャズを聴く』など。鎌倉FM「世界はジャズを求めてる」でラジオ・パーソナリティも務める。
★このインタビューのロングver.はnoteに掲載
https://note.com/elis_ragina/n/n8f5a6fa91f54