【スペシャル・インタビュー】TIGRAN HAMASYAN
現代ジャズ界で最も注目される
ピアニスト/作曲家の1人、ティグラン・ハマシアン
彼が追い求め続ける『StandArt』の世界とは
2006年のデビュー以来、自らのルーツであるアルメニア音楽を世界に浸透させ、一作ごとに新たな地平を切り拓いてきたティグラン・ハマシアン。昨年春には"アメリカン・スタンダード"の概念を覆す自身初のスタンダード集『StandArt』を発表し、世界を驚嘆させた彼の5年ぶりとなる来日公演がついに実現する。(※1)
ティグランはこれまでも母国アルメニア音楽の普遍性を、ジャズ、プログレ、エレクトロニカ、クラシックなど多様なジャンルが混在する独創的な自作曲を通して伝えてきた。そんな彼が今回の来日で初披露(※日本プレミア公演。海外では初演済み)するのは、幼い頃から親しんできた1920年から50 年代のジャズやブロードウェイ・ミュージカルの名曲たち。魂に刻み込まれたアルメニアン・フォークを礎に、彼ならではの研ぎ澄まされた世界観で耳馴染みある"アメリカン・スタンダード"を誰も到達したことのない高次へ導いてくれるはずだ。
来日を目前に控えたティグランに『StandArt』の制作経緯や、アルメニア人音楽家としてのアイデンティティ、そして日本公演への期待について語ってもらった。
interview & text = Mari Ochiai
「パンデミック下の3年間はずっとLAにいて、LA周辺のミュージシャンとばかり交流していた。彼らに触発されたというのもひとつの理由だけれど、そもそもアメリカン・スタンダードを家族や友人と演奏することは我が家の伝統で、自分の中に根差しているものだった。自分は生粋の即興者なので、美しいメロディをインプロヴァイズするのは生き甲斐でもある。コロナ禍のある日、そんな気持ちが沸点に達し、20世紀前半のスタンダードをついに作品化する時がきたと感じた。自分の全作品を繋ぐひとつの集合体、ある種のフォーク・ミュージック、フォーク・メロディとしてね」
タイトルの『StandArt』はティグランの造語であり、時代を超えた美意識の表れでもあるという。
「"スタンダード"という言葉は、時代を創った名曲を表すワードとして相応しくないんじゃないかと感じた。時間の経過によって"スタンダード"になったはずなんだけれど、もっと偉大な芸術として扱われるべきだってね。時間を超越したアート・フォームとして既に完成されたメロディを、自分の音楽として再構築して甦らせたかった。例えば、モンクの〈アイ・シュド・ケア〉は11歳から聴いてきたパーソナルな曲で、いつしかもっと探求したいという気持ちが強くなっていった。何故こんなにも心をとらえて離さないのか考えているうちに、自身の内的世界を表すハーモニーが練り直され、だんだんアウトプットできるようになった。その試みは今も続いていて、日々学ぶことばかりだよ」
アルバムには前衛的ジャズ・トランぺッターのアンブローズ・アキンムシーレが2曲、レーベル・メイトでサックス奏者ジョシュア・レッドマンが「ビッグ・フット」(チャーリー・パーカー)でゲスト参加し、それぞれ個性溢れる今様の演奏を披露している。中でもLA在住のベテラン・サクソフォニスト、マーク・ターナーとの共演曲「オール・ザ・シングス・ユー・アー」(ジェローム・カーン&オスカー・ハマースタイン)は前半のクライマックスのひとつであり、ゆったりとした二重奏は白眉の出来だ。
「昔からマーク・ターナーの大ファンで彼のアルバムは全部持っているんだ。これまでザ・フライ・トリオのステージなども観ていてお互い面識はあったけれど、彼がLAに住んでいることは友人のマーク・ジュリアナに教えてもらうまで知らなくて。来週レコーディングがあるので、ぜひ1曲、吹いてほしいとメッセージを送ってみたら、コロナ禍で彼の予定も空いていてね。当日はリハーサルもなく、録音時は何ともいえない神聖な波動に包まれていた。夢にまで見た彼との共演に感極まって、まるで魔法にでもかかったようだった。心動かされる体験だったよ」
過去の作品では〈エレバン国立室内合唱団との『ルイス・イ・ルソ(光からの光)』(2015)、ノルウェーのアルヴェ・ヘンリクセンらとの即興演奏の『アトモスフィアズ』(2016)等〉、19世紀後半から20世紀初頭の司祭・作曲家・音楽学者コミタスの作品を取り入れるなど、故郷の民族音楽を掘り下げてきたティグラン。今回、ほぼ同時期に世界の反対側で生まれたジャズの"スタンダード"を再解釈するにあたって、アルメニア人音楽家としてのアイデンティティはむしろ強まっていったようにも見える。
「アルメニア音楽をアレンジすること、そして自身の音楽を創ることは、生涯続くライフワークであり、挑戦でもある。フォーク・ミュージックに新たな命を注ぐのは非常に難しいことだ。現代のトレンドでもある民謡を取り上げる行為自体が、逆に表面的になってしまったり、見掛け倒しになってしまっては元も子もないからね。フォーク・ミュージックを理解するには長い年月を要するし、そのためには身命をなげうたなくてはならない。それはジャズ・スタンダードにもいえることだよ」
ティグラン・ハマシアンの心血が注がれた『StandArt』の世界が明らかになるまで、あと少しの辛抱だが、10月の日本公演に向けて、ティグランから心のこもったメッセージが届いたので紹介したい。
「日本の皆さんには『StandArt』の世界を初めて披露することになるけれど、実は今回、一緒に来日する2人〈※アルバムのトリオメンバー、マット・ブリューワー(b)、ジャスティン・ブラウン(ds)は来日せず、南インドにルーツを持つ新鋭ベーシストのハリシュ・ラガヴァンとアメリカ・ヒューストン出身のドラマー、ジェレミー・ダトンが来日予定〉とは初共演になるので、こちらもぜひ注目してほしい。日本の文化とアーティストとは、これまでも深い繋がりがあって、アルメニアとの共通点や強い絆を感じている(※過去にオダギリジョー監督の映画『ある船頭の話』(2019)のサウンドトラックをティグランが担当したこともある)。パンデミックの影響で前回の来日から少し時間が空いてしまったけれど、日本の皆さんに会えるのを今から楽しみにしているよ!」
※1:京都音楽博覧会(10月9日)を皮切りに、高崎音楽祭(10月11日)、ブルーノート東京主催となる「すみだトリフォニーホール」での最終公演(10月13日)は日本を代表するジャズピアニスト大西順子とのダブルビル形式で開催される。
LIVE INFORMATION
Blue Note Tokyo 35th presents In Concert
at Sumida Triphony Hall
大西順子 solo & ティグラン・ハマシアン "StandArt"
2023 10.13 fri. Open6:00pm Start7:00pm
会場:すみだトリフォニーホール
https://www.bluenote.co.jp/jp/lp/in-concert/junko-onishi-tigran-hamasyan/
<Member>
ティグラン・ハマシアン(ピアノ)
ハリシュ・ラガヴァン(ベース)
ジェレミー・ダトン(ドラムス)
<TIGRAN HAMASYAN "StandArt" Japan Tour>
10.9 mon. 京都音楽博覧会2023
https://kyotoonpaku.net/2023/
10.11 wed. 高崎音楽祭 @高崎芸術劇場 スタジオシアター
http://www.takasakiongakusai.jp/concert/tigran/
★10.15 sun.には、すみだトリフォニーホールにて、SFジャズ・コレクティヴとブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラによるダブルビル公演も開催!
落合真理(おちあい・まり)- ライター/翻訳(英語・スウェーデン語)。音楽レーベルやウェブサイト、放送局、一般誌で数多くの海外アーティストの取材・記事執筆や翻訳を務める。ライナーノーツ・歌詞対訳も多数。
https://www.facebook.com/mari.ochiai.5