【スペシャル・インタビュー】AMARO FREITAS
Interview & Text = Masaaki Hara
Interpretation = Tatsuro Murakami
Photo = Tsuneo Koga
ブラジルのアイデンティティを追求し続ける鬼才ピアニスト
重要作『Y'Y』を軸に切り拓かれる新たな可能性
今年、初のソロ・アルバム『Y'Y』をリリースしたアマーロ・フレイタスは、ソロの来日コンサートをおこなった。プリペアード・ピアノも使ったパーカッシヴなソロ・ピアノは、ミニマルでエモーショナルでもあり、コンテンポラリーでプリミティヴでもあるという彼にしかできない圧巻のプレイだった。アフロ・ブラジリアンとしてのアイデンティティを探求し、シャバカ・ハッチングスら同時代のアーティストとも積極的に交わり、表現の幅を広げている。世界各地で高い評価を受けてきたソロ・コンサートを経て、再びトリオでの来日を控える彼に話を訊いた。
――あなたのトリオでの3部作(『Sangue Negro』『Racif』『Sankofa』)が完結して、その活動に一旦終止符を打ち、『Y'Y』がソロ活動のスタートになりましたね。
「そう、トリオは一旦やめて、今はピアノでのソロのキャリアに専念して、ブラジル、ヨーロッパ、オーストラリア、それに日本も含めてツアーをやったところだ」
――『Y'Y』のリリース・ツアーでのお客さんの反応は如何でしたか?
「『Y'Y』は自分にとっても新しい試みだったけど、ツアーを通じて、本当にすごくいい反響ばかりだった。オーディエンスが一体となってくれて、ライヴの中でそういう反響はあまり期待してなかったので、すごくびっくりしたよ。『Y'Y』は、これまでのどの作品よりも一番力強い音を出せてるんじゃないかと思う。力がある音というのは、観客と一体となれるという意味だ。それは、音楽を通じて自分自身の音を見つけることでもあって、それを貫いていくことがすごく大事だと感じたんだ」
――パーカッシヴなピアノ演奏はあなたの特徴ですが、『Y'Y』でその方向性がさらに加速したと思います。この点については如何でしょうか?
「パーカッシヴなピアノには昔から取り組んできたけど、初めは戸惑いを感じ、恥ずかしがりながらやっていたような部分もあった。やはり『Y'Y』を通じてすごく自分は進化したように感じている。現在の形に至るまで、ものすごく長い時間を費やし、研究もしたし、練習もしたからね。『Y'Y』後にライヴを重ねていく中で、パーカッシヴなピアノのテクニック以外にも、エフェクターを使って音を変えてみたり、ピアノの中にビニールテープを貼って音を変えたりとか、 そういう人間のテクニックだけじゃない部分で音を変えていく試みも今はしていて、これは次のアルバムの構想になるんじゃないかなと思っている」
――あなたの表現は、自国の文化、音楽とジャズとの関係を常に意識したものでしたが、『Y'Y』を作ったことでさらに得られたことがあれば教えてください。
「『Y'Y』で見つめ直したのはブラジルのアイデンティティだった。ブラジルはトロピカルの国であって、リズムでいうとマラカトゥーからバイオン、コーコなど本当にたくさんの種類のリズムがブラジル中にあって、でもそれだけじゃなく先住民のリズムもある。いろんなリズムと文化が混ざっているブラジルのアイデンティティがあると感じていていたけど、その中でも特に注目をしているのは、 ブラジルの北東部の文化、アマゾンの文化、と先住民。先住民の持っているアイデンティティを考えていて、それをプリペアード・ピアノやコンテンポラリーのジャズで使われるようなテクニックを通じて、今のブラジルのコンテンポラリーの音というものを追求している」
――先住民の文化を音楽的にどう取り入れてるのかを具体的に伺えますか?
「僕の出身であるペルナンブコ州とアマゾンの関係でいうと、ナナ・ヴァスコンセロスの影響がすごく大きい。ナナの作ったアルバム『Amazonas』は昔からよく聴いて影響を受けた。彼も使っていたけど、例えばこのテーブルの上にあるアサイーの種を使ったネックレスで森の音みたいなものを出しているんだ。滝の音もアマゾンの植物の種を使って出すし、鳥やコウロギの鳴き声を真似するような笛も使っている。一時住んだ先住民の集落で見たのは、森の歌というある種、儀式みたいなものがあって裸足で床をドンドンと踏みながらリズムを取る。共通のリズムを作りながらやる意識みたいなものがあった。それは、他の仲間を呼ぶ時とかに使われるような音だった。僕がピアノの低いところでドンという音を出してるのは、裸足で床を踏んだ時の低音を表現しようとしているんだ」
――アマゾンで聴いた音そのものに影響されているわけですね。
「もう一つ面白い話があるよ。先住民の人たちに伝わる木があって、触るとドーンというすごい音がする。かつてポルトガル人がアマゾンに来て侵略を始めた時に、敵が来たぞっていうのを知らせるためにその木を叩くと、1キロ先の仲間にまで聞こえたというんだ。そのちょっとスピリチュアルな木の音も低音を使って表現しようとしている。やはりアルバムやライヴで表現しているのは、アマゾンで感じた雰囲気なんだ。決められたリズムや手法を使って表現しようとしてるわけではない。サンバとかフレーヴォみたいな周期的な音、ルールがあるわけではなくて、アマゾンに行った時に感じた景色や雰囲気、記憶といった全ての要素を使って表現しようとしているんだ」
――ブラジルの音楽家は自国の音楽に対して最初からリスペクトの気持ちが強いですが、あなたは如何ですか? また他国の音楽から学ぶことはありますか?
「やはり自分の生まれ育ったペルナンブコはブラジルの中でもいろんな文化が混ざっていて、あの場所が一つ大きくある。ナナ・ヴァスコンセロスやモアシル・サントスのようにいろんなブラジルの色が感じられる音楽を作り続けてきた人がいたところだからね。ある種特別な場所で育ったっていうのは大きな影響になっている。それに、シャバカ(・ハッチングス)やジェフ・パーカー、カマシ・ワシントンなど、ただジャズというジャンルにカテゴライズされるんじゃなくて、自分たちの土地や起源をちゃんと見つめ直して、影響を盛り込んで、独自の音を出しているミュージシャンたちにもすごく影響を受けているので、今の自分はいろんな国の影響を受けている時期だと感じている。昨年、FRUEZINHOに出た時も日本人の女性の歌手でちょっと名前が思い出せないんだけど(注:青葉市子)、今まで自分が見たことのないような歌い方、音楽の捉え方をしてて、すごくいいと感じた。今の自分はある種スポンジのように吸収する時期にあるんじゃないかと思っているんだ」
――『Y'Y』の録音ではジェフ・パーカーにだけ直接会うことができなかったと以前あなたにインタヴューした際に伺いました。その後に彼と会う機会はありましたか?
「結局まだ会えないんでいるんだ。彼のライヴがアイルランドであったときに僕も見に行ったけど、なぜか会えなくて、彼がブラジルでライヴをしていた時は僕がヨーロッパにいてすれ違いになっている(笑)。でも、いつか会えると信じているよ」
――10月のトリオでの来日公演は、どんなステージになるのでしょうか?
「『Y'Y』の前半部分をトリオで演奏して、そこからある種『Y'Y』の新しいヴァージョンというのを作り出していきたいと考えている。同じ内容のものをアメリカでも同じ時期にやる予定なんだ」
LIVE INFORMATION
AMARO FREITAS Y'Y
2024 10.25 fri., 10.26 sat., 10.27 sun.
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/amaro-freitas/
<MEMBER>
アマーロ・フレイタス(ピアノ)
他メンバー未定
原 雅明(はら・まさあき)- 音楽に関する執筆活動の傍ら、レーベルringsのプロデューサーとしてレイ・ハラカミの再発等に携わる。ネットラジオdublab.jp設立に関わり、DJや選曲も手掛ける。早稲田大学非常勤講師。著書『Jazz Thing ジャズという何か』ほか。https://linktr.ee/masaakihara