【来日直前インタビュー】AMBER NAVRAN (CATPACK)
interview & text = Tsuyoshi Hayashi
interpretation = Kazumi Someya
ムーンチャイルドのアンバー・ナヴランが始めた新たなトリオ
キャットパックの固い友情とリスペクト
1月22日(水)&23日(木)にブルーノート東京で初めての来日公演を行うキャットパック。その名は猫の鳴き声に似たシンセ・パッチに由来する。ムーンチャイルドのヴォーカリストであるアンバー・ナヴラン、ノウワーのサポート・メンバーなどを務め、サム・ウィルクスとのデュオでも活動するピアニスト/キーボード奏者のジェイコブ・マン、ドクター・ドレーやジャスティン・ビーバーなどと仕事をしてきたプロデューサーのフィル・ボードローの3人で結成したユニットだ。
パンデミックの期間にEメールでビートを交換し合う中で偶発的に誕生。LAを拠点に、メンバー全員が管楽器を操り、ジャズやR&Bをベースにしているあたりはムーンチャイルドに似ているが、キャットパックは、よりエレクトロニックでビート・コンシャスな音楽をやっている。
作品としては、2024年1月にTru Thoughtsから初シングル"What I've Found"を発表し、同年6月にアルバム『Catpack』をリリース。「3人がそれぞれのアイディアを尊重し合い、遊び心を持って、お互いを励まし合いながら活動している」とアンバー・ナヴラン。Zoomの画面越しに、歌声どおりの柔和な癒し声でインタヴューに応じる彼女の表情からも、戯れ合う猫のように親密な3人の関係が目に浮かぶ。
「私はやっぱりトリオが好きみたい。私としては自分の他に二人のミュージシャンがいる状態がグループ的にパーフェクトかなと思っています。人数が多すぎて意見が混み合いすぎることもない。でも、3人だと2人よりも強さを感じるし、楽器の数も増えて発想も豊かになる。トリオが2つもできちゃったけど、ムーンチャイルドでアンドリスとマックスと一緒にやるのと、キャットパックでジェイコブとフィルとやるとのでは、それぞれが持っているテイストが全然違うから、当然ながら制作のプロセスも変わるし、出来上がる音楽も変わってくる。キャットパックは全体的に遊び心があるかな。特にジェイコブのユーモア感覚ね」
ムーンチャイルドでは基本的にアンバーがひとりでヴォーカルを担当するが、キャットパックはアンバーとフィルがリード・ヴォーカルを分け合う。
「フィルは私にとってフェイヴァリットなシンガーのひとりで、一緒に歌って私の声とブレンドできるのがいい。フィルが歌ってくれるので、私は自分が歌わない曲ではシンセに集中できるし、サックスもほとんど吹かず、ほぼフルートのみ。自分のソロ作品でもシンセを弾いているけど、キャットパックではジェイコブのキーボードがすごいので、彼と一緒に弾けることも楽しい。トラックは3人で作っていて、曲ごとに最初の段階で誰かがビートを持ってくることから始まって、そこから全員で仕上げていく感じですね」
とはいえ、アンバーの柔和な癒しヴォイスがグループの美点のひとつであることはムーンチャイルドと変わらない。
「吐息を吹きかけるような歌い方になっているのは、歌うよりも前にホーンをやっていたからじゃないかな。最初に好きになったのがサックスやフルート、クラリネットのような音色だった。祖父がジャズの大ファンで、私がサックスをやるって言ったらジャズのレコードいっぱい送ってくれて(笑)。ジョン・コルトレーンの『Blue Train』やデイヴ・ブルーベック・カルテットの"Take Five"が入っているアルバムとか。そうした作品でサックスの音色を聴いていたら、何か訴えかけてくるものを感じた。ヴォーカルに関しては、エミリー・キングや(ウィー・アー・)キング、レイラ・ハサウェイ、それにエリカ・バドゥやリアン・ラ・ハヴァスが独特のトーンを持っていて好き。ムーンチャイルドのアルバムを聴いてもらうと、一作ごとに歌が上達して、自信をつけていってるのがわかってもらえると思います」
思えば、アンバーが2024年に発表されたアルバムでハイエイタス・カイヨーテやノーウォーリーズ、ケンドリック・ラマーとともに好きだというレイラ・ハサウェイの最新作『Vantablack』はフィル・ボードローがメインでプロデュースを担当。フィルが手掛けたことに加え、レイラの低く深い声はオーボエのようだとも言われており、そうした部分でもシンパシーを感じているようだ。
キャットパックでは、"Rainbows"でヴォーカルにエフェクトをかけるなど、ムーンチャイルドとは異なるアプローチも試行。"Next To Me"はヴォーカリストがふたりいることで表現の幅が広がったという。
「"Rainbows"では、Little Alterboyというプラグインでエフェクトをかけています。自分らしさを見失っていたり、途方にくれているような、ちょっと気分が落ち込んでいるような感覚を歌った曲なので、それで声が低めに聞こえるようにしてみたんです。"Next To Me"はフィルと私が交互にヴァースを歌った曲ですけど、私が歌っているヴァースの下にフィルが素晴らしいバック・コーラスをつけてくれて、それがすごくクリエイティブで。私自身ではとても思いつかないアイディアだけど、同じことをフィルが歌うヴァースで私がやってみました。愛する人に"元気でいてね"という思いを込めて作ったハートウォーミングな曲で、私は自分の夫に、フィルは彼の奥さんに対しての思いを込めて。今思うとなんだかキュートだなと感じるけど、ライヴではアンコールでこの"Next To Me"をやっていて、これが結構いい感じのクロージングになっているんです」
本国でのライヴでは、LA公演にレイラ・ハサウェイやDJジャジー・ジェフらもDJとして駆けつけたという。
「ライヴでどんなことをやりたいか3人で話しをしている時に、ステージにいることが楽しくてたまらない、ハッピーでエキサイトしている自分たちの気持ちがお客さんに伝わるようなものにしたいと。ジェイコブはJUNO(Rolandのシンセサイザー)でループを作ったりするのが彼のアイコニックな部分でライヴでも見せ場だし、フィルはトランペットとギター、ヴォーカルをやって、私はフィルに歌を任せて大好きなシンセを弾くことに集中したり、フルートのソロを楽しんだりする。ライヴではジェイコブとフィルのオリジナル曲をそれぞれ一曲と、カヴァーも一曲やっています。あと、ツアー・メンバーにはドラムのエファ(エファジェミュー・エトロマ・ジュニア)がいて、私たちのドラマーはすごいでしょ!っていうのもアピールしたい(笑)」
キャットパックはミニマムな編成だが、そこにエファジェミュー・エトロマ・ジュニアのドラムが加わることで、ステージはファンキーで躍動感のあるものになっているようだ。彼はムーンチャイルドの来日公演にも同行し、キーファーやジェフ・バーナットなどとも共演している。
「エファは大好きなドラマーで、コラボするのが楽しい相手。彼はアルバムを聴いて、自分なりのアイディアを出してくれる。私たちがレコーディングしたものを、どうやって生ドラムに移し替えるかを一緒に考えてくれる。私たちからもジェイコブが作ったドラムのサンプルを彼に提供して、そのループにエファが生ドラムを乗っけて叩いてくれるのですが、それがすごくクールな仕上がりで、ライヴではいい感じになっていますね」
アルバム以外の音源として、"Yep"をDJハリソン、"The Top"をバルク・ロジャースがリミックスしたものが出ているが、メンバー各自がそれぞれのプロジェクトに取り組んでいるため、キャットパックの新しい曲は少し先になるようだ。
「ジェイコブは自身のプロジェクトでアルバムを出すし、フィルもレイラ・ハサウェイやブラック・ヴァイオリンの仕事があったりして、私もムーンチャイルドと並行して動いている。ムーンチャイルドのほうは今、新作のヴォーカル録りをやっていて、選曲も終わりに近づいている。あと1ヶ月ぐらいで作業が終わるかな。ゲストは今まで以上に多くなりそう。夏に出せたらという感じで、ツアーも考えています。キャットパックは、その後で3人の都合が合ったらまた戻ってくる感じですね」
キャットパックとしての初めての来日公演。その経験が今後の作品にフィードバックされることにも期待したい。
「全員が日本に行くことを楽しみにしています。ジェイコブと私は行ったことがあるけど、フィルにとっては今回が初めての日本。私は東京が大好きで、東京にいると音楽、特にビートを作りたくなる。実は去年(プライベートで)日本に行って、電車のホームのジングルに刺激されたりした。あと、旦那さん(=パトリック・シロイシ。LA出身の日系アメリカ人で音楽家でもある)がシティ・ポップが大好きで、家では大貫妙子の『SUNSHOWER』をひたすらリピートしています(笑)。とにかく、今回は楽しくて遊び心いっぱいのショウを皆さんにお見せしたいし、私たち3人の個性が感じられるステージになると思うので、ぜひ来てください!」
LIVE INFORMATION
CATPACK
2025 1.22 wed., 1.23 thu.
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/catpack/
<MEMBER>
アンバー・ナヴラン(ヴォーカル、フルート、サックス、シンセベース)
ジェイコブ・マン(キーボード)
フィル・ボードロー(トランペット、ギター、ヴォーカル)
エファジェミュー・エトロマ・ジュニア(ドラムス)
- 林 剛(はやし・つよし)
- R&B/ソウルをメインに定点観測し続ける音楽ジャーナリスト。音楽雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、新譜や旧譜のライナーノーツ、書籍の監修/執筆も多数。ラジオ日本でR&Bのミニ番組「R&B Experience」(毎週火曜21:45~22:00)のパーソナリティも務める。R&Bのニューリリースやソウルのリイシュー情報などをSNSでランダムに投稿中。