【来日直前インタビュー】CATHERINE RUSSELL

Interview & text = Mitsutaka Nagira
Interpretation = Hitomi Watase
アメリカ音楽の豊かさを体現する名ヴォーカリスト
キャサリン・ラッセルの魅力に迫る日本初インタビュー
アメリカ音楽シーンは本当に豊かで懐が深い。キャサリン・ラッセルを知ったらそう思うはずだ。
日本での知名度は高くないかもしれないが、彼女は先のグラミーでアルバム『My Ideal』がノミネートされたのを含め、3度のグラミー賞ノミネートを誇る名ヴォーカリストだ。
スティーリー・ダン、デヴィッド・ボウイ、シンディ・ローパーらがツアーに帯同させる敏腕ヴォーカリストである彼女は、自身のアルバムでは1920-50年代ごろのノスタルジックなジャズをさりげなく現代の空気に合わせたハイセンスなサウンドで高い評価を受けている。ルイ・アームストロングの音楽ディレクターを務めた父ルイ・ラッセル、伝説的な女性のみのビッグバンド"インターナショナル・スウィート・ハーツ・オブ・リズム"のギタリストでもあった母カーライン・レイの間に生まれたキャサリンは、両親の音楽を受け継ぐようにスウィング・ジャズやニューオーリンズ・ジャズ、ブルースやストリング・バンドなど、さまざまな音楽を彼女ならではの解釈で奏でる。そんな彼女の音楽は現在Spotify再生2,300万回を誇る。20世紀のアメリカ音楽の歴史を奏でる文脈的な豊かさだけでなく、ルイ・アームストロングの音楽にも通じるような、どこまでもジョイフルな魅力がこの人気にも繋がっているのだろう。
そんな彼女に日本では初のインタビューを行った。
――キャリアをどんな経緯で形成されたのか聞かせてください。
「最初は学校の聖歌隊で歌っていて、大学に入ってからダリル・コーリー(Daryl Coley)率いる聖歌隊に加入しました。そこで彼がリード・ヴォーカルとして歌うチャンスを与えてくれたの。そこから今の地点に辿り着くまでに何年もかかった。いろんなことをやったんだけど、ひとつはソングライターが有名なシンガー達に売り込むためのデモテープのレコーディング。それで生活していたわ。他にはCMのために歌ったり、CM用のジングルを担当したり。あとは有名なアーティストのレコーディングのバックコーラスとか、小さなクラブのギグなんかもやった。そこから徐々にツアーの仕事が入ってくるようになったの。
1980年代の後半にドナルド・フェイゲンに出会い、彼と仕事をするようになった。90年代に入ってから、ドナルドが"The New York Rock and Soul Revue"のツアーに参加させてくれて。そこでボズ・スキャッグスやフィービ・スノウ、チャック・ジョンソンと一緒に仕事をして、その後、スティーリー・ダンのツアーにも同行することになった。そうやってツアーの仕事を始めたわ。
最初に日本に行ったのは80年代後半のサマンサ・フォックスとの仕事。その後、スティーリー・ダンでも行ったし、シンディ・ローパーとのツアーでは何度も行ってる。2000年代初頭にはデヴィッド・ボウイのツアーでも行ったの。ドナルド・フェイゲンと故ウォルター・ベッカーとは本当に長年素晴らしい時間を過した。多くの人たちに、"ドナルド・フェイゲンとの仕事は大変だったんじゃないの?"と聞かれる。彼らの音楽はパーフェクトで参加メンバーは正確さを求められるから。でも多くの学びがあった」
――あなた自身のリーダー作が出るは2006年なので随分後ですよね。
「2004年のデヴィッド・ボウイのツアーが終わって、ニューヨークに戻ってきたときに、今の夫が"君がひとつやっていないことがある。それは自分のレコーディングだろ?"と言ってくれた。そこから私自身のソロ・レコーディングが始まったんです。夫と仲のいい友だちがシカゴの郊外にスタジオを持っていて、そこでレコーディングしました。それがファースト・アルバム『Cat』。これが2006年にリリースされて、それからレコーディングを続けて、今ではソロ・アルバムが9枚もある」
――あなたは幅広い歌を歌える技術があると思いますが、歌手として自分のスタイルを確立するために特に研究したヴォーカリストはいますか?
「子どもの頃からエタ・ジェイムズが好きだった。少し大人になって、自分のスタイルを見つけた頃になっても、やっぱりエタ・ジェイムズが大きな影響源だったくらい。それから私が若い頃に最も興味を持ったのは、ウィルソン・ピケット、オーティス・レディングとかの男性ソウル・シンガー。アイザック・ヘイズやカーティス・メイフィールドも好きだったし、やっぱり教会的な音楽が好きだったんだと思う。
その後もジャズ・シンガーよりその手のジャンルの人たちを聴いていた。彼らのエネルギー的なものが好きだったから。モータウンのシンガーたちも好きだった。シュープリームスやマーヴェレッツみたいなガール・グループの45回転のレコードをいっぱい持ってたし、同世代のマイケル・ジャクソンも好きだった。フォー・トップスのリーヴァイ・スタッブスも素晴らしい声! 彼からはすごく影響を受けていると思う。
80年代から90年代に母がルース・ブラウンのバンドでベースをプレイしていたから、ルース・ブラウンはかなり聴いた。だから彼女の歌やパフォーマンスから学ぶことができた。どうやってショーを展開していくかに関しては彼女の影響が大きい。
あと、もうひとりあげるならアルバータ・ハンター。ものすごく影響を受けたわ。ショーの展開がすごく面白かった。彼女はバラエティに富んでいて、いろんな音楽をやっていたから。ルース・ブラウンもそうだったけど、彼女もブルースもジャズも歌った。私がショーを展開するうえで最も影響を与えてくれたのが、今挙げたルース・ブラウンとアルバータ・ハンターのふたりかな」
――あなたが最初に出したアルバムは『Cat』でした。どんな音楽を作ろうと思ったのでしょうか?
「まず、楽しくて気分が高揚するような音楽がやりたいと思った。今でもそのスタンスは変わらない。ポジティヴでワクワクする作品を作りたいと思っています。『Cat』の頃、スウィング・バンドを使って、ちょっと変わった編成にしたいと思っていたの。ヴァイオリン、マンドリン、アコーディオンを起用している部分からはストリング・バンドっぽいテイストが感じられると思う。その編成だとスウィングもブルースもできる。後のアルバムでは、ホーンをアレンジできる人たちと出会ったから、ホーン・セクションを取り入れて拡大させていった。3管、4管、後に6管の時もあった。つねにスウィングとブルースをやっていたけど、そのなかでいろいろな組み合わせを試して実験していたの」
――あなたがやっていたのは1920年代から50年代の音楽だと思います。その時代のスタイルにこだわりがありますよね。
「この時代のものはダンサブル。踊らせてくれる。足踏みしたくなったり、指をスナップしたくなったり、手を叩きたくなったり。笑顔にさせてくれて、同じ空間にいる人たちみんなのエネルギーを一体にさせてくれる。同じものを楽しんでいると、"私とあなたは別ものではない。私たちは一体"って感じさせてくれる。父がやっていたのはそういう音楽だったし、母もそんな音楽をやってた。母はスウィングが好きで、ブルースが好きだった。最初は分からなかったけど、私が好きなのは"両親が好きだったもの"だって気がついた。結果的に同じものが好きだったということ。気分が高揚する音楽が好きなのね」
――あなたのアルバムは、アフリカン・アメリカンの古い音楽がいろんな形で紹介されているので、アフリカン・アメリカンの音楽の歴史を勉強している気持ちにもなるんですよ。どうしたらこんなアルバムが作れるんだろうって疑問に思っていたんです。
「それは何度か言われたことがある。特定のものの響きが好きだったりするの。私は昔のレコーディングのサウンドが好きだし、古い作曲法が好きだし、ファッツ・ウォーラーのレコーディングが好きだし、伝統的な音楽の和声の構造が好き。私は曲を覚えたり、音楽を研究したりしているとき、"それがどうサウンドしていたか"から始める。今の時代、そういう音楽は(ライヴでは)聴くことができないから。誰かがそういった音楽について言及したり、オマージュしたりしなければ、もう聴くことができないような気がするから。それは私の仕事、私の役割だと思う。
そもそも私自身がそういうサウンドが好き。昔の時代を思い起こすような音が気に入っているの。私がやれば、そういう音楽が今でも聞こえてくるようになるでしょ? もうああいう音楽はあまり聴くことができないし、当時のレコーディング手法に取り組んだりしない。みんな"現代っぽくしなければいけない"って思っているから。伝統的な和声の構造は変わってしまったしね。別にそんなに現代っぽくしなくてもいいと思うんだけど」
――そんな1920-50年代の音楽をやるためには、その時代の音楽をよく知っているミュージシャンと作る必要があります。ギタリストのマット・ムニスエリはまさにそういう存在ですよね。
「彼は万能だから。彼はすべてのジャンルに精通している。私は歴史をちゃんと知っているミュージシャンが好き。ジャズの歴史、ロックンロールの歴史、ブルースの歴史を知っている人。そして、私の共演者たちはこれらの音楽的なボキャブラリーを持ち合わせている。私が何らかスタイルをプレイし始めたら、それがどんな音楽なのかを彼らはすでに知っている。彼は独学でギターを勉強したんだけど、それがまた素晴らしい。それに彼は6弦のバンジョーも演奏することもできる。ソロも素晴らしいし、コードを弾いても、メロディ・プレイヤーとしても、リズム・ギターに関しても素晴らしい。万能な素晴らしいミュージシャンよ」
COMMENTS for CATHERINE RUSSELL
"Catherine Russell is my favorite vocalist performing today. She inhabits a realm of music that moves and charms to the bottom of my soul." - Boz Skaggs
「キャサリン・ラッセルは、現役ヴォーカリストの中で僕のお気に入り。彼女は魂の底まで感動させ、魅了する音楽の領域に住んでいる」 - ボズ・スキャッグス
"I've had the privilege of singing with Catherine Russell on and off throughout my career. She is gifted and a powerhouse singer. I love her." - Cyndi Lauper
「キャサリン・ラッセルとは、私のキャリアの中で折に触れて一緒に歌う機会に恵まれてきた。彼女は才能があり、パワフルなシンガーだ。私は彼女を愛している」 - シンディ・ローパー
"You can hear the history and soul in every note she sings." - Donald Fagen of Steely Dan
「彼女の歌う一音一音に歴史と魂が込められている」- ドナルド・フェイゲン(スティーリー・ダン)
"Catherine is an unbelievably fantastic vocalist." - Wynton Marsalis
「キャサリンは信じられないほど素晴らしいヴォーカリストだ」-ウィントン・マルサリス
"Catherine Russell charges and shimmies through barrelhouse and society cabaret alike, taking us to the rooms where jazz was born." - Jackson Browne
「キャサリン・ラッセルは、バレルハウスから社交界のキャバレーまで軽やかに駆け抜け、私たちをジャズが生まれた空間へと連れていってくれる」-ジャクソン・ブラウン
Clockwise from top: Catherine taking a curtain call with David Bowie; backing up Donald Fagan with her harmonious cohorts Carolyn Leonhart and LaTanya Hall; swinging in style with Michael Feinstein; on the road with Steely Dan; rocking out with Cyndi Lauper.
LIVE INFORMATION
CATHERINE RUSSELL
2025 4.7 mon., 4.8 tue.
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/catherine-russell/
<MEMBER>
Catherine Russell(vo)
キャサリン・ラッセル(ヴォーカル)
Matt Munisteri(g, Music Director)
マット・ムニステリ(ギター、ミュージック・ディレクター)
Tal Ronen(b)
タル・ローネン(ベース)
Ben Rosenblum(p)
ベン・ローゼンブルーム(ピアノ)
Charles Goold(ds)
チャールズ・グールド(ドラムス)
- 柳樂光隆(なぎら・みつたか)
- 1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。DJ。昭和音楽大学非常勤講師。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集「100年のジャズを聴く」など。
https://note.com/elis_ragina/n/n488efe4981be
★このインタビューのフルver.はnoteに掲載
https://note.com/elis_ragina/n/n86e2c9ba5e02