サン・ラ・アーケストラ、コズミック・サウンドの魅力 | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

News & Features

サン・ラ・アーケストラ、コズミック・サウンドの魅力

サン・ラ・アーケストラ、コズミック・サウンドの魅力

サン・ラ生誕百年目に聴く。
アーケストラのちょっと奇妙なおもしろさ。

 土星生まれだとみずからを語るアメリカ南部アラバマ州バーミンガム出身のサン・ラの音楽は、地球上ではジャズと呼ばれることが多かった。

READ MORE

1950年代中頃に自分の楽団を結成し、アーケストラと名付けた。ピアニストで編曲、作曲も手がけたサン・ラは自分の基本であるスウィング・ジャズを思いつくかぎりの、時に思いつきを越えようとしたかのような破天荒な即興演奏もたっぷり混じえて、前人未踏の領域まで開拓、探求、演奏した。60〜70年代のフリー・ジャズの勃興に呼応しているように聴こえる面もあったが、サン・ラ本人はいかなるムーヴメントにも参加しなかった。もとより音楽とは自由なものではないのか? サン・ラとそのアーケストラの音楽を聴くとそう思えてならなくなる。ジャズはその"音楽の自由"を求めるためにサン・ラとその仲間たちにとって最もからだと精神になじむ楽しい様式だったのではないだろうか。土星人サン・ラが故郷と地球を行き来するための燃料にしたのがジャズだったということだ。

 残念ながらサン・ラは1993年5月30日に地球を去った。アーケストラは主領を失った。しかし彼らはその後もサン・ラ・アーケストラとして活動を続けている。サン・ラの意思、その音楽が不滅であることを実践によって伝え続けている。名作曲家で編曲家で詩人だった(詩集も出版されている)サン・ラの残した数多くのスコアをアーケストラは継承し、サン・ラの実物を見たことのない世代へ、サン・ラの開拓した音楽の強さとおもしろさを直接伝達する。残された多くの録音物からもれてしまう、立体的な魅力、音の実際の息吹きの濃厚さをアーケストラは知らしめる。

sun ra live

 スウィング・ジャズ・ビッグ・バンドの陽気なグルーヴと、エキゾチックでカラフルなリズムとメロディの混在が、アーケストラの特異な音楽性を形作っている。それがしばしば未知の感覚を刺激する。未知なのでそれが何なのか言葉にするのはむずかしいかもしれない。人によってはそれをコスミックな感覚と呼ぶ。スピリチュアルという者もいる。

 サン・ラの音楽には、ブルース、ラテン、アラビア音楽、各種の映画音楽、ゴスペル(しかしサン・ラは地球上の宗教の宗徒には生涯一度もならなかった)、現代音楽、ノイズ、アンビエント、ファンクなどが同居している。現在のアーケストラは、「サン・ラは常に我々とともに今もいる」と実感させる。耳を傾け演奏に没入していると、不思議だが、サン・ラの音と声が聴こえてくるのだ。アーケストラのアンサンブルがサン・ラを呼び起こしていると思えてならないのだ。

 「君のできないことをやってみせてくれ」とサン・ラはアーケストラの面々にいっていたという。できるだけのことしかやらなければ、今やれる以上のことはできない。それでは"音楽の自由"は手に入らない。未知の領域をひたすら探り続けた土星人ならではの至言だと思う。

 アーケストラの音楽/演奏は整然としたものではない。ユーモアに満ちていてしばしばワイルドだ。恋人どうしのロマンチックな設定には向いていない。ジャズの名人芸に触れて蘊蓄を傾け合うのにも不都合がある。しかしこれほど前向きな胸騒ぎに満ちた音楽/ジャズには、他ではなかなかお目にかかれないと思う。少なくとも今の地球上では。

湯浅学(ゆあさ・まなぶ)
育猫歴52年/著述業歴38年の神奈川県横浜市生まれの57歳。好きな食べ物は蚕豆と枇杷。著書に『音楽が降りてくる』、『音楽を迎えにゆく』(ともに河出書房新社)、『ボブ・ディラン〜ロックの精霊』(岩波新書)など。サン・ラの歩みを記した『てなもんや三裸笠』制作中。

RECOMMENDATION