現代ジャズシーン最重要ピアニスト、ジェイソン・モランにインタビュー
東京にファッツ・ウォーラーを響かせる。
ジェイソン・モランが奏でるダンスミュージック
2014年、ブルーノートがレーベル創立75周年記念のコンサートでブルーノートの歴史をピアノでメインに持ってきたのは、ロバート・グラスパーとジェイソン・モランのデュオ演奏だった。ジャズシーンの中でジェイソンの存在がいかに大きいものかここからも察することが出来るだろう。そういえば、以前、バッドプラスにインタビューした時に彼らに00年代以降で最も重要なジャズバンドを聞いたところ真っ先にあがったのがジェイソン・モランのピアノトリオ バンドワゴンだった。
ジェイソンは現代ジャズにおける裏の重要人物、スティーブ・コールマンやグレッグ・オスビーなどとの共演で名を挙げ、ブルーノートと契約し、一気にジャズシーンの中心へと躍り出た。現在は、チャールズ・ロイドのバンドでも起用され、ブルーノートとECMのアメリカ、ヨーロッパを代表するそれぞれのレーベルで活躍するなど、そのキャリアは申し分ない。
その一方で、1975年生まれのジェイソンはヒューストンのハイスクール・フォー・ザ・パフォーミング・アーツの出身で、ロバート・グラスパーやクリス・デイブ、ジャマイア・ウィリアムスの先輩にあたる。ヒップホップとジャズを行き来する彼らと同じように、ジェイソンも自身がスケートボードに親しむだけでなく、ヒップホップへの愛情を隠さない。初めて買ったレコードがDJジャジージェフ&フレッシュプリンス(!)だったというジェイソンは、自身のアルバムでアフリカ・バンバータ<プラネット・ロック>をカヴァーしたりもしているし、ジャマイア・ウィリアムスのバンド、エリマージでも重要な役割を演じている。
そんな彼の新作『All Rise: A Joyful Elegy for Fats Waller』は伝説的なピアニスト、ファッツ・ウォーラーのトリビュートという形をとりながら、これまでの自身のキャリアをすべて詰め込んだようなモダンジャズからビバップ以前のジャズ、ヒップホップ、ファンクやネオソウルを横断する傑作だ。そして、メロディーやグルーヴをシンプルにし、ダンスへの欲望を露わにした異色作でもある。今回、『All Rise』プロジェクトとしてバンドワゴン&アリシア・ホール・モランで来日するジェイソンにインタビューを行った。
Jason Moran - Fats Waller Dance Party (2013-06-29) Théâtre Jean-Duceppe - PdA
−−アルバム『All Rise』のきっかけにもなったパーティー"Fats Waller Dance Party"のコンセプトについて教えてもらえますか?
「The Fats Waller Dance Party は、当地ニューヨークの Harlem Stage というヴェニューから依頼されたものだった。ファッツの音楽を演らないか、という話をもらったので、であればダンスパーティに仕立て上げたら最高じゃないか、と俺と妻とで考えたんだ。ファッツ・ウォーラーは、コンサートホールから隣家の居間に至るまで、常に自らが暮らす社会の一員だった。だから、彼の音楽が持つ社交的な側面に焦点を絞ることは非常に重要だった。更には、人として、ミュージシャンとしての彼の精神に敬意を表したいというのもあった。つまりは心を込めて演奏し、観客には間違いなく良い体験をしてもらう、ということだ」
−−『All Rise: A Joyful Elegy for Fats Waller』というアルバムについて聞かせてください。今までのあなたのアルバムとはかなりテイストが異なるサウンドに驚いたファンも多かったのではないでしょうか? 1920年代のダンスミュージックでもあるファッツ・ウォーラーの音楽を現代のヒップホップのサウンドと共存させるアイデアはどこから生まれたものでしょうか?
「あのアルバムはファッツ・ウォーラーその人が生きて死に至るまでに示した活力を追悼するものだ。俺はミシェル・ンデゲオチェロとコラボレートすることで、ファンク、ソウル、そしてR&Bといった音楽のレンズを通して今の時代にウォーラーの音楽を響かせる手法を編み出す力になってもらった。ファッツ・ウォーラーは人々の苦悩を扱って人々のための音楽を作った。だから俺も、そうすることを目指した。The Bandwagon は2曲しか収録していないのだから、これは異色の録音だ。異なるテクスチャーを目指した以上、この録音が異なるサウンドを擁することは重要だった。音のテクスチャーには、甘美で、豊かで、軽やかで、それでいて絶えずグルーヴしていてほしかった。ジャズの聴衆は座ったまま音楽を聴いている人が多いけれど、俺は皆が立ち上がって踊りたくなるような音楽を作りたかったんだ。この音楽を聴くと、俺自身も必ず身体を動かしたくなるのさ」
−−ちなみにミシェル・ンデゲオチェロに参加を依頼したのは何故ですか?
「ウォーラーの歌詞の内容のみならず、彼の舞台人としての独特な精神を伝えてもらうためにミシェルが必要だった。彼女は俺が知る有数の優れたミュージシャンで、今回の楽曲での共演は素晴らしかったよ。ひとつひとつの曲を彫り上げていく手伝いを、彼女はしてくれたんだ」
−−アルバムのリードトラックともなっている"Ain't Misbehavin'"という曲について、聴かせてください。あなたのアルバムとかなり近いアレンジをエリマージが"For You (For Who?)"(From 「Memo To All」)として、クリス・ターナーが"aint misbehavin (for you)"(from「The Monk Tape」)としてやっていますよね。
「実は"Ain't Misbehavin'" の俺のアレンジを、 ERIMAJ のごく初期のギグで一緒にやったことがあるんだ。クリス・ターナーはあのアレンジを歌った最初の人物で、以来、あの曲は彼らのレパートリーの定番になっているんだ。俺のアレンジが ERIMAJ とクリスの双方で外せないものになっているのは嬉しいよ。どちらのバージョンも大好きだ」
−−あなたは昔からFats Wallerだけでなく、stride pianoにも敬意を払っていますし、あなた自身の演奏にもその要素が見られると思います。あなたにとってstride pianoの魅力はどんなものですか。
「ストライドピアノは、ピアニストの両手に架空のバンドとなることを要求する奏法だ。ドラム、ベース、ホーン等々の音を模倣することを。思考は極めて速やかに、かつ滑らかに働かなければならない。俺はこの音楽を、師匠である Jaki Byard から教えられた。そして彼のおかげで、俺はこの音楽を少しだが演奏することができているのだけれど、同時にそれを変化させる手法も見い出しているのさ」
−−今回はAlicia Hall Moranとの来日となります。Alicia Hall Moranについて日本のファンに紹介していただけますか?
「アリシア・ホール・モランはクラシックのシンガー(メゾソプラノ)でありコンポーザーだ。最近では、ガーシュウィンの「ポーギー&ベス」の9ヶ月間に及ぶ全米ツアーでベスの役を演じている。彼女と俺とで、デューク・エリントン、G.ガーシュウィン、G.プッチーニの曲を通じてクラシックとジャズの即興の歴史を融合させているよ」
−−日本のファンにメッセージをお願いします。
「日本を再訪するのは、いつも本当に楽しみだ。1997年、カッサンドラ・ウィルソンとの初来日以来、俺の人生は変わった。俺もアリシアも、そして The Bandwagonも、俺たちの新しい音楽を日本のファンと分かち合うのを心待ちにしているよ。それと、滞日中に俺は40才になるんだけれど、誕生日を祝うのに日本よりいい場所は思い当たらないね」
−−最後にあなたがパーティーでいつも被っているFats Wallerの仮面は日本に持ってきてくれますか?
「あぁ、もちろんあのマスクも旅に参加する。今、ファッツ・ウォーラーも日本を見たくてソワソワしているよ」
In the Studio: Vamping
TOUR INFORMATION
1.21 wed. 【東京 丸の内】コットンクラブ
- 柳樂光隆(なぎら・みつたか)
- 音楽評論家。島根県出雲出身。現在進行形のジャズ・ガイド・ブック「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、ミュージック・マガジンなどに執筆。ライナーノーツ多数。