伝統音楽を現代に蘇らせる、リアノン・ギデンズ | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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伝統音楽を現代に蘇らせる、リアノン・ギデンズ

伝統音楽を現代に蘇らせる、リアノン・ギデンズ

RHIANNON GIDDENS2016 3.14 mon. - 3.15 tue. 伝統音楽を現代に蘇らせる、
リアノン・ギデンズ

 現在進行形のアメリカン・ルーツ・ミュージックを追求する話題のシンガーが、
待望の初来日公演を行なう。今回は来日を目前に控えた彼女にインタビューを敢行、
その奥深い音楽世界について聞くことができた。

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 現在のアメリカの音楽界で最も注目すべき存在と、ためらいなく宣言しよう。そんな才能豊かで魅力的なアーティスト、リアノン・ギデンズが遂に来日する。南部ノースカロライナ州育ちで「カントリーやゴスペルは空気の中にあって吸収するって感じね。私たちのDNAの一部なの」とルーツ・ミュージックに親しむ一方で、音楽大学でオペラも勉強したという「感覚と教育」を兼ね備える柔軟で力強い歌唱力の持ち主である。

 リアノンはカロライナ・チョコレイト・ドロップス(CCD)を率いての活動で、アメリカーナとも呼ばれるルーツ・ミュージックの世界では既にスターで、グラミー賞にも輝く。CCDは、バンジョーとフィドルを中心としたストリング・バンドが今ではブルーグラスのような白人の音楽と考えられているのに対し、かつては黒人の間で盛んだったという半ば忘れられた伝統を再興させたバンドだ。

 とはいっても、リアノンの音楽の範囲は黒人音楽の伝統にとどまらない。彼女は父が白人、母が黒人だが、ケルティック・フォークも大好きで、ゲール語でも歌うのだから驚いてしまう。これはノースカロライナに多くのスコットランド移民が定住した歴史に由来するが、黒人と思われている彼女がゲール語で歌うことについて、本人はこう言う。「アメリカの物語が複雑だと伝える良い機会になると思う。様々な文化の系統が一緒になって出来上がっていることをね」。

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バンジョー、フィドル、ギターなど様々な楽器でマルチな演奏を聴かせ、言語では英語以外にゲール語でも歌う。2014年AppleホリデイCMキャンペーン"The Song"でもその歌声がフィーチャーされた。

 そんな彼女の音楽性の幅広さ、アーティストとしての許容量をいかんなく発揮したのが、昨年に発表された初のソロ・アルバム『Tomorrow Is My Turn』である。ブルーズ、ゴスペルから、フォーク、カントリーまでのアメリカ音楽のすべてを包括する音楽性に、フェミニスト意識の高いメッセージをこめた傑作で、今年のグラミー賞にもノミネートされた。

 彼女にソロ・アルバムの制作を持ちかけたのは、あの名プロデューサー、Tボーン・バーネットだ。「映画『ハンガー・ゲーム』のサウンドトラックに曲を依頼されたのが、Tボーンとの初めての仕事だった。その数年後にニューヨーク市で(映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』の公開記念コンサート)『アナザー・デイ、アナザー・タイム』をやったとき、私にも声をかけてくれた。その出演がすごく評判になって、Tボーンが"君のレコードを作ろうよ"と申し出てくれたの」。

 ただし、彼女も「いずれ或る時点でソロ・レコードを作るとわかっていた」と言う。「歌いたいけど、チョコレイト・ドロップス向きじゃない曲のリストがあったから。そこで、Tボーンが"レコードを作ろう。君がやりたいものならなんでもいいよ"と言ってくれたとき、"それじゃ、このリストの曲はどうかしら?"と聞いたら、"いいね!"との答えだった。そんな簡単な話だったの(笑)」。

 『Tomorrow Is My Turn』はニーナ・シモン、オデッタ、ドリー・パートン、パッツィー・クライン、シスター・ロゼッタ・シャープなどの「女性が書いた、または歌って有名にした曲」を集めたアルバムとなっている。社会も音楽界も女性には今よりもずっと困難が多かった時代に素晴らしい作品を残した先輩たちに敬意を表した「フェミニスト・レコード」である。

 「こう言いたいの。ねえ、私は幸運だわ。これらの恐れを知らぬ女性たちが扉を開けてくれたから、私が通れるのってね。もし人生で1枚しかソロ・アルバムを作れないとしても、そういった点でこのアルバムを誇りに思う。それらがきれいな曲というだけで、脈絡のない曲を集めたアルバムは作りたくない。自分のやることすべてに主張をこめたいの。その曲を歌う理由を示したいのね」

 また、様々な音楽スタイルの曲が並ぶのは「それが私のやっているものというだけ」というが、その選曲は彼女の歌手としての幅を示すだけでなく、我々がジャンル分けしがちな音楽の共通性を聴き手に教えるものでもある。「そうね。私は間違いなくそう感じている。それらが同じ井戸から生まれた音楽的言語を共有すると信じているわ」

 さて、本人も初来日をとても楽しみにしており、「私たちはお客さんにすべてを与える。150%の力を出さないなんて考えられない。だから、手を抜く瞬間はないの」なんて嬉しいことを言ってくれる。

 「最高のサウンドよ。彼らを誇りに思っている」と語るCCDの現メンバー2人を含む5人編成のバンドが同行し、彼女はフィドルとバンジョーも弾く。古い形のバンジョーを手に、ボブ・ディランの未発表歌詞に曲を付けた14年の『ニュー・ベースメント・テープス』プロジェクトからの〈スパニッシュ・メアリー〉も歌うそうだ。

ヨーヨー・マ、アラン・トゥーサンのアルバムに参加

 そして、今年のリアノンはソロ2作目に取りかかるのに加え、「どちらもすごく誇りに思っている」という2枚の参加アルバムが発売となる。ヨーヨー・マのシルクロード・アンサンブルの新作とアラン・トゥーサンの遺作だ。前者では彼女の参加曲がリード・トラックで、ヴィデオも撮影されたというから、発表が楽しみだ。

 「今年私が歌で参加したアルバムが2枚出るんだけど、どちらもすごく誇りに思っている。ひとつはヨーヨー・マのシルクロード・アンサンブルで、もうひとつはアラン・トゥーサンの遺作なの。どちらも素晴らしいセッションに参加できて、私は恵まれているわね。

 アランのアルバムは、プロデューサーのジョー・ヘンリーが参加できるか聞いてきたので、もちろんと答えた。でも、ツアーの途中だったので、LAまで飛んで、その日の内に戻ったのよ。魔法にかけられたようなセッションだったわ。それからまもなく彼が亡くなったと聞いて、とても悲しかった。彼は本当に素晴らしい人だったから。

 ヨーヨー・マはなんて精力的な人でしょうね。一緒にやっている人たちも素晴らしいの。すべての瞬間を楽しんだわ。私は録音済のトラックに歌をかぶせたんだけど、その後にミュージシャンたちと一緒にヴィデオを撮る機会があって、そこでは彼らとライヴで演奏するふりをしたのよ。

 こう歌ってくれとかの指図はなかった。でも、覚えているのは、私がその曲についてどう考えているかに彼が感心したことね。曲が〈セント・ ジェイムズ病院〉だったから、物語の語り方についていろいろアイデアがあったの。全部のヴァースを歌う必要はないわけだし、どのように歌うかは語り手が誰かで変わるわけだし・・・彼は歌手がそういったことを言うのに慣れてなかったみたい。彼に意見した人はこれまでいなかったのかも(笑)。でも、私はフォーク歌手だから、これが私たちのやっていることよって感じ。私の意見も取り入れてくれたわ。彼とは世界の状況とかの長い会話もできて、とても良かったし、楽しかった」

2010年にグラミー賞を獲得した
カロライナ・チョコレイト・ドロップスのメンバーも来日
様々な楽器を操りリアノンを支える

 現在はリアノンがソロに専念しているので、バンドの活動を停止しているが、カロライナ・チョコレイト・ドロップスは解散したわけではない。現メンバーの2人、ハビー・ジェンキンスとローワン・コーベットはリアノンのバンドにも参加し、ギター、バンジョー、マンドリン、ボーンズのような小物パーカッションなど、様々な楽器を持ち替えて、彼女を支えている。ドラムズはジェイミー・ディックで、ベースのジェイソン・サイファーは一昨年にアイリッシュ・バンド、ルナサと来日したこともある。そして、昨年まではチェロ奏者がいたのだが、現在は〈ワゴン・ウィールズ〉のヒットで知られるフォーク界で大人気のバンド、オールド・クロウ・メディスン・ショウのチャンス・マッコイがエレクトリック・ギターでその代わりを務めている。

RHIANNON GIDDENS(リアノン・ギデンズ)
3.14 mon., 3.15 tue.
[1st]Open5:30pm Start6:30pm [2nd]Open8:20pm Start9:00pm
★White Day's Special Plan
シックな大人のホワイトデーにライヴとディナーのお得なセットプラン
※詳しくは公演詳細ページまで
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『Tomorrow Is My Turn』(ワーナーミュージック・ジャパン)
リアノンの初ソロ・アルバム。名プロデューサーのTボーン・バーネット自ら制作を申し出て、ニーナ・シモンやジョーン・バエズら数々の先輩女性シンガーゆかりの楽曲に新たな息吹を注いだ音作りで話題を集めている。

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ピーター・バラカン
ブロードキャスター

アフリカン・アメリカン3人によるフォーク・グループ、カロライナ・チョコレイト・ドロップスのメンバーとしてとても強い印象があったリアノン・ギデンズは、Tボーン・バーネットの誘いで初のソロ・アルバムを作り、早くも大物歌手のオーラを発揮しています。フォーク、ブルーズ、ゴスペル、カントリー、シャンソンまで、上品ながら力強い独自のスタイルでどんな歌でも自分のものにします。このタイミングでライヴが見られるのは実に楽しみです。

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中川五郎
フォーク歌手/翻訳家

1960年代後半、アメリカのフォークソングに夢中になり、オデッタの歌う「ウォーターボーイ」に度肝を抜かれた。それからほぼ50年、オデッタ以上にすごい「ウォーターボーイ」を聞いた。それがリアノン・ギデンズの歌。しかも古い歌に新たな感覚が息づいている。同じことが彼女が歌うニーナ・シモンやエリザベス・コットン、シャルル・アズナブールの歌についても言える。リアノンの魂を通じて過去の歌が現代に甦り、未来をも照射する。

text = Tadd Igarashi

五十嵐 正(いがらし・ただし)
音楽評論家。社会状況や歴史背景をふまえたロック評論からフォークやワールド・ミュージックまでを執筆。著書『ジャクソン・ブラウンとカリフォルニアのシンガー・ソングライターたち』『スプリングスティーンの歌うアメリカ』他。

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