ハービーが新鋭を含むニュー・バンドで登場!
HERBIE HANCOCK QUARTET
featuring James Genus, Trevor Lawrence Jr.
& Terrace Martin
2016 8.31wed.-9.1thu.
ハービーが新鋭を含むニュー・バンドで登場!
"新しいフォルムのジャズ"に挑む
ケンドリック・ラマーのグラミー受賞作『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』のプロデューサーであるテラス・マーティンを迎え、新作アルバムを制作中のハービー・ハンコック。
このフレッシュなコンビネーションによるステージが早くも実現する。
そこに見えるジャズを核にした新たな動きを追ってみよう。
ジャズ、そしてマイルスからも学んだ
新しいサウンドへの探究心
2015年に開催された東京JAZZのステージにおいて、ハービー・ハンコックがウェイン・ショーターとのデュオで演奏したのは、アンビエント・ジャズと形容すべきものだった。ハービーは時折ビートを織り交ぜた電子音響をシンセサイザーから出した。二人のキャリアを知る多くのオーディエンスが期待を寄せるようなサウンドの更に先にあるものを、涼しい顔で演奏していた。それはいかにもハービーらしい振る舞いだと言える。
優に50年を超える長く多彩なキャリアを振り返った『ハービー・ハンコック自伝』にはいくつもの興味深いエピソードが登場するが、ヒップホップをいち早く取り入れた「ロックイット」(1983年)のミュージックビデオの話もその一つだ。スクラッチに呼応して動くロボットが主役で、キーボードを弾くハービーの姿は小さなブラウン管の中にだけ登場するというゴドレイ&クレームが制作したビデオはMTVで大ヒットとなった。しかし、ハービー自身はこのビデオの出来上がりをどう判断していいか分からず、自分はゴドレイたちの才能を信じてイエスと言っただけだと素直に述べる。しかも、そのスタンスはジャズから学んだことだとも言う。マイルス・デイヴィスと一緒に演奏しているとき、マイルスがいつも自分たちを信じてやりたいようにやらせてくれた。それと同じ行いをしたのだと言うのだ。
ハービーのこのスタンスは、ヒップホップやファンクに接近した時代だけの話ではなくて、そのキャリア全般において貫かれてきたことだ。ハービーは常に新しいサウンドの目利きであり、挑戦者であったが、時には自らの理解の範疇を超えてでも新しい才能を見い出して、未来を託す選択をしてきた。それは判断を放棄しているのではなく、自分自身が変化し、前進していくためのプロセスをよく理解してもいたからだ。それこそが彼を唯一無二の存在としてきた理由でもあるだろう。
そして、2016年現在のハービーは、ロバート・グラスパーやフライング・ロータスとの共演を経て、テラス・マーティンの才能と出会った。グラミー賞も受賞し、ヒップホップのみならず2015年の音楽シーン全体から注目を集めたケンドリック・ラマーのアルバム『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』のサウンド面を担ったロサンゼルス出身のプロデューサー/サックス奏者だ。かつてのクインシー・ジョーンズのようなマルチな才能を発揮し始めたテラスは、どうやらハービーお気に入りのプロデューサーの筆頭に名を連ねたようで、現在制作中の新作のプロデュースを担っているという。そして、同時にハービーの新たなカルテットにもテラスは招かれた。
アンダーグラウンドの中心を担い
ハービーを本気にさせる男
ジャズ・ミュージシャンとしてのテラスは、長年オーネット・コールマンを支え、ブルーノート・レーベルのハウス・ドラマーとしても活躍したLAジャズ・シーンの立役者であるビリー・ヒギンズから多大な影響を受け、同じLAのカマシ・ワシントンやベン・ウェンデルらとミュージシャンとしての腕を磨いた。その一方で、スヌープ・ドッグからレイラ・ハサウェイの作品にまで幅広く関わり、ケンドリックを始めとするLAのヒップホップ、R&Bのシーンにも深くコミットしてきた。現在、ハービーの新作と並行して、コンプトン出身のラッパー、ヤング・ギャングスタことYGのプロデュースも手掛けているという。この振れ幅の広さがテラスの特徴であり、際立った魅力でもあるだろう。
テラスが今年リリースしたソロ・アルバム『ベルベット・ポートレイツ』は、そうした彼の資質が反映されている、とても聴き応えのある作品だった。ヒップホップやジャズはもとよりゴスペルやブルースまでもがごく自然に繋がり、交わり合っていくサウンドは、ジャンルを横断する現在の音楽シーンの在り方を如実に映し出すものでもあるが、何よりも柔軟に音作りをしていくことができるテラスの才能を知らしめた。そして、そのリリースに続いて、今年6月にスナーキー・パピーのロバート・スパット・シーライトらを従えての単独の来日公演で見せた演奏も、ミュージシャンとしてのテラスの確かな力量を示していた。
その公演の評判も上々で、またハービーの新作への期待も高まりつつある状況で、テラスを迎えたハービー・ハンコック・カルテットの公演が実現する。フライング・ロータスやサンダーキャット、そしてファレル・ウィリアムスの参加も噂される新作の背景についてハービーは、「ジャズ、あるいは新しいフォルムのジャズと繋がったアンダーグラウンドな動きがある」とビルボード誌のインタビューで答えている。これまでもヒップホップからエレクトロニック・ミュージックまで、新たな動きをいち早く感じ取ってきたハービーを再び本気にさせる動きがあるのは確かだ。そして、その中心を担っているのは間違いなくテラス・マーティンの存在である。今回のカルテットでの公演はその意味でも注目すべきステージとなるはずだ。
2014年の前回公演でも来日しハービーから絶大な信頼を得るジェームス・ジナス(左)。そしてブルーノート東京ではパティ・オースティンのメンバーとしても来日したトレヴァー・ローレンスJr.。
- テラス・マーティン
- 『ベルベット・ポートレイツ』(AGATE / Inpartmaint)
今ハービーが何に感化されているかがわかる作品。テラスは同じくアンダーグラウンドシーンで話題のフライング・ロータスやサンダーキャットも客演するハービーのニューアルバムを制作中だ。
- HERBIE HANCOCK QUARTET
featuring James Genus,Trevor Lawrence Jr. & Terrace Martin
ハービー・ハンコック・カルテット
featuring ジェームス・ジナス、トレヴァー・ローレンスJr. & テラス・マーティン
2016 8.31 wed., 9.1 thu.
Open6:30pm Start8:00pm
- ※詳しくは公演詳細ページまで
photography = Takuo Sato
text = Masaaki Hara
- 原 雅明(はら・まさあき)
- 音楽評論家。レーベルringsのプロデューサー、LAの非営利ネットラジオdublabの日本ブランチの運営も務める。近編著『ザ・ドリーム・シーン 夢想が生んだ架空のコンサート・フライヤー&ポスター集』