ジャズ・ハープの才媛、ブランディー・ヤンガー
ハープの新時代を切り開く才媛
話題の新作を携え初来日
ブランディー・ヤンガーは、ジャズ・ハープの歴史に新たなページを刻もうとしている。ニューヨークのジャズ・シーンの最先端で活躍する一方でクラシックからヒップホップやR&Bまで幅広く演奏の場を広げそのハープの音色は多くの支持を受けている。彼女へのインタビューを通して、その魅力をお伝えしたい。
interview & text = Masaaki Hara
photography = Jerris Madison
★ドロシー・アシュビーとアリス・コルトレーンから受け継いだもの
ジャズ・ハープの先駆者といえば、『Afro Happning』や『Rubaiyat Of Dorothy Ashby』で有名なドロシー・アシュビーである。オーケストラで使われていたグランドハープを、ジャズの世界でリード楽器として演奏してみせた。クラシックのハープを学び、そこからジャズの世界へと進んだブランディー・ヤンガーが、ソロ・デビュー作『Wax & Wane』でオマージュを捧げたのは当然のようにアシュビーだった。
「60年代に黒人、それも女性が珍しい楽器を演奏するのがいかに大変なことであったか。彼女はハープに新しい役割を与えた立役者であり、自分で限界を決めませんでした。他のクラシックのハープ奏者の演奏法も大事にして参考にし、自分なりのスタンダードへと昇華させたのです」
もう一人、ジョン・コルトレーン亡き後のアリス・コルトレーンも、ハープの可能性を追求したプレイヤーである。そして、この二人はジャズにおいて、スピリチュアリズムを表現するのにハープという楽器が不可欠なものであることを示した存在でもある。
「スピリチュアリズムは、アリス・コルトレーンと、後期のドロシー・アシュビーにとって重要なものでした。スピリチュアルなハープのコンセプトを理解し、活用する才能あるプロデューサーやミュージシャンはいま大勢います。彼女らが過去に築いたものと共に、今私たちに出来ることを考えるのはとても興味深いですね。私はハープの多様性を信じているし、それは彼女らに学んだことです。音楽をジャンル分けせず、既存のルールを守らないことも。いつだってルールを破ることで、マスターピースを作り出してきました」
ニューヨーク州の南東部にある街ヘムステッドで生まれ育ったヤンガーはハープを学ぶ一方で、ヒップホップやR&Bを聴いて育った世代でもある。アシュビーが同時代のスティーヴィー・ワンダーやビル・ウィザースらの録音に重用されたように、彼女もコモン、ローリン・ヒル、ジョン・レジェンド、ライアン・レスリー、サラーム・レミなどから声が掛かるプレイヤーとしても活躍している。
「私はニューヨーク=ヒップホップのホームで育った経緯もあり、毎日ヒップホップを聴いて育ったと言っても過言ではないですね。ヒップホップを含め、さまざまな音楽ジャンルを自由に演奏できる能力を持ったことは、とてもラッキーだったと思っています。音楽に垣根はありません」
★ニューヨークの現在のジャズ・シーンで甦るハープの魅力
一方で、ニューヨークのジャズ・シーンは彼女のホームである。今回一緒に来日をするラヴィ・コルトレーンを筆頭に、ジャック・ディジョネットやチャーリー・ヘイデンからロバート・グラスパーやマーカス・ストリックランドなど、数々のプレイヤーと演奏を共にしてきた。そして、『Wax & Wane』はロバート・グラスパー・エクスペリメントのケイシー・ベンジャミンがプロデュースを務めている。ジャズ・ハープ奏者として、ニューヨークで確固たる基盤を作り、活動を続けてきた証である。
「2006年にコネチカットで大学を卒業して、マンハッタンに引っ越してから、今までずっとニューヨークのジャズ・シーンに関わってきました。学生の時からそれは変わりません。特に、ナット・リーブスやアントワン・ロニーらは私にとっての師匠で、若手時代にとても助けられました」
2009年にリリースされたラヴィ・コルトレーンのアルバム『Blending Times』では、最後にチャーリー・ヘイデンが自身の"For Turiya"を演奏していた。かつてアリス・コルトレーンのハープをフィーチャーして録音されたこの曲において、代わってハープを弾いていたのがヤンガーだった。クレジットを見ると、アリス・コルトレーンの死去から少し経った時期に録音されたものだと分かる。
「ラヴィ・コルトレーンとは、彼のお母様が亡くなった2007年に出会いました。ハーレムにあるセイント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂でアリス・コルトレーン追悼コンサートを彼が企画した時、私にハープを弾くように依頼してくれたのです。この10年あまり、ステージでもプライベートでも、本当に多くのことを彼からは学びました」
今回の公演は、他に黒田卓也のバックもつとめるベーシストのラシャーン・カーターとドラマーのアダム・ジャクソンという気鋭の若手コンビに加えて、『Wax & Wane』のサウンドの中核を担った女性フルート奏者アン・ドラモンドとギタリストのマーク・ホイットフィールドという、興味深いメンバー構成である。コンテンポラリーなジャズの中で、ハープを中心にどんなアンサンブルが形成されていくのか。そして、ラヴィ・コルトレーンの参加が触媒となって、アリス・コルトレーンにも繋がるジャズ・ハープの歴史にどんな新しいページを刻むのか。ブランディー・ヤンガーの初来日ステージへの期待は大きい。ちなみに、彼女の最も好きな日本人アーティストは、ジャズ・ハープ奏者の古佐小基史である。
『Wax & Wane』
(rings)
- 原 雅明(はら・まさあき)
- 音楽評論家として執筆活動の傍ら、レーベルringsのプロデューサーやLAの非営利ネットラジオ局の日本ブランチdublab.jpのディレクターも務め、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。