来日目前! グラミー受賞直後の セシル・マクロリン・サルヴァントをNYで取材
インタビューはブルックリンにあるセシルの自宅にて。ファッションやインテリアへのこだわりから、彼女のオリジナリティ溢れるクリエイションの源を垣間見ることができる。
2度目の快挙、グラミー賞受賞!
来日目前のセシルをNYで取材
最新アルバムで2度目となるグラミー賞の〈最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム〉を受賞したシンガー、セシル・マクロリン・サルヴァント。クラシックとバロック音楽を学んだバックグラウンドを持ち、透き通った美しい歌声と類稀なる表現力で聴き手を魅了する若き才能に話を聞いた。
photography = Akiko Higuchi
interview & text = Miko Uno
米音楽界で最も権威ある賞とされるグラミー賞。その第60回授賞式が、会場を15年ぶりにロサンゼルスからニューヨークに移し、1月末に開催された。その授賞式で、セシル・マクロリン・サルヴァントの最新アルバム『ドリームス・アンド・ダガーズ』が見事、最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバムを受賞した。
インタビューを行ったのは式のわずか2日後。数ヶ月前にハーレムから引っ越したばかりというブルックリンの自宅近くのカフェに現れたセシルは、元ファッションデザイナーの母親手作りの真っ赤なドレスに身を包み、溢れんばかりの笑顔でこちらの緊張を瞬時にかき消してくれた。2016年のグラミー賞でも前作『フォー・ワン・トゥ・ラブ』で同賞を受賞し、今年で2度目の快挙となる。28歳という若さで、ジャズヴォーカリストとしての地位を不動にしたと言っても過言ではない。
「ありがとう!とても光栄で本当に幸せ。恐れ多いくらい!授賞式には母と妹、そしてバンドのメンバーと一緒に出席したの。まさかまた受賞できるとは思ってもみなかったのでびっくりしたわ」
『ドリームス・アンド・ダガーズ』は、ニューヨークの伝統的なジャズ・クラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードで行われたライヴ音源をメインに、2016年に収録された。
「ヴィレッジ・ヴァンガードからライヴの話をもらった時に、であればぜひ録音もさせて欲しいと話したのがこのアルバムを作ることになったきっかけ。80年以上もの歴史を持つ偉大なジャズ・クラブで録音するのは、またとない素晴らしい機会だと思ったのよ」
アルバムには、1939年リチャード・ロジャース作曲、ロレンツ・ハート作詞の名曲「I Didn't Know What Times It Was(邦題:時さえ忘れて)」やビリー・ホリデイのバージョンで有名な「You're My Thrill」をはじめとするジャズ・スタンダード曲、ベッシー・スミスのブルース「Sam Jone's Blues」に加え、オリジナルの新曲も数曲収録されている。セシルのジャンルを超えた音楽家としての幅広い才能を堪能できるだけでなく、21世紀にジャズがどう進化を遂げられるか、そしてその限界がさらに押し上げられたことも感じることができる。
タイトルは直訳すると、夢と短刀。2つの異なる収録曲の歌詞から選んだ単語は「真逆なようで、実はどちらも恐ろしくもあり、ロマンティックでもある。2つの単語のコントラストが好きだったの」
ハイチ人の父親とフランス人の母親の間にフロリダ州マイアミで生まれ、旅好きな母親の影響で、アフリカ、南アメリカ、ヨーロッパなどさまざまな国の音楽を聞いて育ったというセシル。4歳からピアノを習い始め、後にクラシック・ヴォーカルのレッスンを受けるようになる。しかし当時は、シンガーを夢見ていたわけではなかった。高校卒業後の進路に迷いを持っていた彼女は、17歳で南フランスへ留学し、ダリウス・ミヨー音楽院に入学した。「将来なにをしたいのかまだわからなかったので、いろんな世界を経験しようと思ってアメリカを出たの。歌のほかに法律と政治学も勉強したわ。でも弁護士になろうとは思っていなかった。それまでずっとクラシックとジャズの両方を勉強していたけれど、フランスでジャズのミュージシャンたちと出会い、彼らと一緒にコンサートをするようになって自然と本格的にジャズの道に進んでいた」
音楽だけではなく、数年前からドローイングも本格的に再開し、アート・エキシビジョンも開催するなど実に多才だが、現在進行中のプロジェクトはまた新たなチャレンジだそう。「今まで以上にたくさんの詞と曲を書いているところなの。連作歌曲のような感じね。ひとつのショーにひとつのストーリーがあって、音楽はすべて完全にオリジナル。しかもドローイングも同時に作成しているの。いつもはスタンダード曲のカバーを歌うことがほとんどなので、今までになく大変!ストーリーはおとぎ話のようだけれどややダーク。今年の秋に14名のミュージシャンと美術館にて演奏予定よ」
シンガーとして最も重要なことは、歌全体が持つ、何層にも重ねられた情報を聴き手に鮮明に伝えること、と語るセシル。「歌詞の言語が何であろうと、感情を込めて歌えば世界中のオーディエンスに思いは届く。その歌の主人公になった気持ち、もしくは妹や親しい友人がもしもこのシチュエーションにいたらどう感じるかしらと想像して歌っているわ。女優が役を演じている時に似ているかも。日本のオーディエンスは控えめだけれど、いつも礼儀正しく聞いてくれるので、歌の感情をちゃんと汲み取っているはず。ブルーノート東京でのソロ公演は初めてなので、今からとても楽しみ!」
グラミー賞受賞アルバム参加メンバーからは、ピアノのアーロン・ディールとベースのポール・シキヴィーを、そしてドラムスにはカイル・プールを迎えての待望の来日公演。ますます注目を浴びる歌姫のステージに、期待は高まるばかり。
フレーズはとにかく滑らかでメリハリがあり、低域を優しく歌い上げる。一度聴いてしまうと忘れられない彼女の歌声とそのパフォーマンスは、サラ・ヴォーンやカーメン・マクレイを彷彿とさせ、先人たちが築いた伝統的ジャズ・ヴォーカル・スタイルを継承・発展させていく。
- セシル・マクロリン・サルヴァント
- 1990年、マイアミ生まれ。パット・メセニーらを輩出したマイアミ大学でヴォーカルを、その後フランスではバロック音楽とジャズを学ぶ。2016年、『フォー・ワン・トゥ・ラヴ』がグラミー賞の最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞を受賞。
- 宇野ミコ(うの・みこ)
- 東京の大学を卒業後、3年半のテレビ局勤務を経て2004年に渡米。日本の出版社やアパレル企業を主なクライアントに、NYの人々、カルチャー、トレンドの取材、撮影のコーディネートと記事執筆を手がける。