マデリン・ペルーの暖かな歌声がたどり着いた現在地 | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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マデリン・ペルーの暖かな歌声がたどり着いた現在地

マデリン・ペルーの暖かな歌声がたどり着いた現在地

ジャズ・シンガーのメイン・ストリームに立つ
マデリン・ペルーのリラックスした歌声を再び。

 すでにベテランの域に達したシンガーの暖かい歌声から生まれる緩やかな時間。
名匠ラリー・クラインと築いたジャズ風味の効いた洗練された音楽。
今回は新生面を打ち出して生まれた心地良い歌を気鋭のメンバーと共にステージで。

photography = Yann Orhan
text = Atsuko Nakayasu

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 マデリン・ペルーの歌声を聴いていると懐かしい時代にタイムスリップしたような気分になる。人々が優しく心通わせ、緩やかに時間が流れているような時代。そんなほのぼのとした気持ちになるのは言葉を噛み締めるように歌う往年のシンガーを思わせるシンギング・スタイルや、哀愁を帯びた歌声に心和ます暖かさを感じるからだろうか。懐かしい時代とは言っても、しかし彼女はもちろん現代のシンガーだ。ピアノ、ギター、ベースなど各楽器の名演奏家たちによるコンパクトにまとまった、けれどもソリッドな演奏の切れ味は極めて現代的だし、50年代のジャズを思わせる4ビートのスウィンギーな楽曲もテンポ感は軽妙で現代的だ。

将来を決定づけた名プロデューサー
ラリー・クラインとの出会い

 こんな音楽のマジックを生み出しているのはベーシストでありプロデューサーのラリー・クライン。マデリンの音楽の現代的なアプローチは彼とのコンビネーションから生まれていると言っても過言ではない。彼は女性シンガー・ソングライターの草分けともいえるジョニ・ミッチェルの公私にわたるパートナーであり、手掛けたプロデュース作はジョニをはじめ、ジャズ・トランペッターのフレディ・ハバード、最近ではティル・ブレナー、ヴィエナ・テン、リズ・ライト、メロディ・ガルドー、キャンディス・スプリングスなど枚挙にいとまがない。また2007年のハービー・ハンコックのアルバム『River』(ジョニ・ミッチェルへのオマージュ作)で、グラミー賞を受賞している。彼はジャズを内包した安定感のあるサウンドを生み出す名匠であり、落ち着きのあるコンテンポラリーな音楽に欠くことのできない存在なのである。

 ここでマデリン・ペルーの経歴を簡単に触れてみよう。アメリカ合衆国のジョージア州に生まれた彼女は、幼少より父親が聴いていた古いジャズやブルースに親しんでいたという。やがてカリフォルニア州に移り、6歳のときにニューヨークのブルックリンに移り住む。13歳のときに両親が離婚したことを機に、フランス人である母親と共にフランスに移住。パリで彼女は歌うことに目覚めたようで、15歳の頃、仲間たちとパリのストリートで歌っていたところを、アメリカ人の音楽関係者の目に留まり、1996年にデビューを果たしている。そのアルバム『Dreamland』はビリー・ホリデイ、ブルース・シンガーのベッシー・スミス、カントリー・シンガーのパッツイ・クライン、シャンソンの伝説的シンガー、エディット・ピアフらの有名曲を取り上げている。このアルバムはマイ・フェイヴァリット・ソングスということなのだろう。

 彼女が大きく飛躍したのは2004年にレーベル移籍してリリースした『Careless Love』である。プロデュースはラリー・クライン。ここで彼女がクラインと出会ったことは、その後のキャリアにとても大きなこととなった。また当時はノラ・ジョーンズが2001年にリリースした『Come Away With Me』(邦題『ノラ・ジョーンズ』)の大ヒットの余韻が尾を引いているころで、ノラの登場以降ジャズやカントリー音楽など、アメリカ合衆国のルーツ音楽のテイストを取り入れた女性シンガーが続々登場した頃でもあった。

 そのさなかにリリースされた『Careless Love』は、レナード・コーエン、ボブ・ディランら今を代表するシンガー・ソングライターらの楽曲を歌い、クラインのジャズ風味を隠し味のように効かせた新鮮なプロデュース・ワークとハーモナイズした歌で100万枚のセールスを記録。クラインは彼女が好きなジャズやカントリー音楽のエッセンスを汲み取り、洗練された手腕で現代的なヴォーカル・アルバムに仕上げたといえる。

 2006年には『Half The Perfect World』をリリース。ここでマデリンはオリジナルの作曲にも参加し、シンガーとして前進したことを思わせた。特筆すべきはフランスの伝説的音楽家、セルジュ・ゲンスブールの「La Javanaise」(ラ・ジャヴァネーズ)を取り上げたことだろう。かつてはパリに住み、エディット・ピアフをデビュー作で歌っていたこともある彼女が、ゲンスブールの有名曲を取り上げたことは彼女ならではの選曲だ。またこの歌は2018年に公開された映画「シェイプ・オブ・ウォーター」で使われたのでご存知の方も多いかもしれない。

ジャズのエッセンスを内包した歌手の
代表格から新たなスタートへ

 さらに、全曲オリジナルの『Bare Bones』を2008年に発表。ビルボードのジャズ・チャートで1位に輝き、彼女のシンガーとしての人気は不動のものに。続く2011年にはカサンドラ・ウィルソンとの仕事で知られるクレイグ・ストリートのプロデュースで『Standing On The Rooftop』を制作している。

 その2年後の2013年、再びプロデューサーにラリー・クラインを迎えて『BlueRoom』をレコーディング。このアルバムはレイ・チャールズの1962年の名盤『Modern Sounds in Country&Western』からクラインがインスパイアされて制作されたとのこと。ここでマデリンは主にレイ・チャールズのレパートリーを歌うという新たな試みをしつつ、彼女が得意な懐かしい時代の歌を現代に蘇らせている。

 ところで、かつてジャズ・シンガーはジャズのスタンダードを歌うことが定番であった。しかし時代の流れとともに少しずつ変化。レパートリーにはビートルズなど他のジャンルの音楽も加わり、より現代的なアレンジが施されて歌われるようになった。さらにはジャズ・テイストで仕上げる、というトレンドがここ数10年来で生まれ、シンガーのひとつの流れとして現在に至っている。その代表格のひとりといえるのがマデリン・ペルーだろう。

 さてそんな彼女の最新作は『アンセム』。レナード・コーエンのタイトル曲以外はほとんどがオリジナル作で、マデリンの親密感のある歌声はいつも通りでも、これまでになく歌の表情が明るい。なんだか彼女は心機一転したのではないだろうか。そんなマデリンに期待したいものである。

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『アンセム』
(ユニバーサル ミュージック)

伸びやかな歌声。現代的に洗練された切れの良い新作のサウンドにも注目。

軽快な4ビートで幕が開く新作は日差しのあるドアの外に一歩飛び出したような明るく開かれた歌が印象的で、伸びやかで弾けるような表情も感じられる。サウンドの切れがかつてなく良いのはミックスがチャド・ブレイク(シェリル・クロウなど数多く名作を手がけたエンジニア)だからかもしれない。レコーディング時は米国の大統領選の真っ只中だったそうで、政治的な内容にならないよう腐心したとか。とはいえタイトル曲の「アンセム」は作者のレナード・コーエンが湾岸戦争が始まった1992年に発表した警鐘を込めた歌。また「リベルテ」はナチスと戦ったフランスの詩人ポール・エリュアールが書いた詩にメロディを付けて現代の楽曲に仕立てた、というようにさり気なく時代への目配りが感じられる。現代的に洗練された落ち着きのある大人の音楽だ。

マデリン・ペルー
2019 3.19 tue., 3.20 wed., 3.21 thu.

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中安亜都子(なかやす・あつこ)
音楽誌編集を経てライターに。80~90年代に東京コレクション(ファッション・ショー)の音楽を取材。FIGAROをはじめ数多くの媒体で執筆。

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