異端から伝説へ、チャールス・ロイドという存在 | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

News & Features

異端から伝説へ、チャールス・ロイドという存在

異端から伝説へ、チャールス・ロイドという存在

Photo by Takuo Sato

 ジャズ界屈指のリヴィング・レジェンド、御年81歳のサックス奏者チャールス・ロイドが新プロジェクト"Kindred Spirits"で公演を開催。これまでに数多くの才能を輩出した彼が、ジェラルド・クレイトン(p)、ジュリアン・ラージ(g)、ルーベン・ロジャース(b)、エリック・ハーランド(ds)という同志を得て、今度はどんな世界を描くのだろうか。

text:Mitsutaka Nagira

READ MORE

2019CharlesLloyd_image01.jpg

Photo by Takuo Sato

チャールス・ロイドという人は、
ジャズ史の中では異端だった。

 そもそもキャリアの最初期である60年代の時点で、チコ・ハミルトンやガボール・ザボらによる西海岸の異色ジャズ作品のレコーディングに参加しているし、1966年には彼の代表作であり、当時のジャズ最大のヒット作である『Forest Flower』をリリースしていて、ここではビートルズやジェファーソン・エアプレイン、フランク・ザッパらがサイケデリックなロックを生み出していたのと同じ地平でジャズを奏で、ロックの殿堂フィルモアにも出演していた。こんなジャズ・ミュージシャンはチャールス・ロイドをおいて他にいない。

 その後は、ビーチボーイズなどのロックやポップス作品にも参加し、西海岸の音楽シーンに少なからず貢献しつつ、自身はヒッピー的なカルチャーを大胆に取り入れるようになり、徐々にジャズのシーンから遠ざかっていく。『Waves』『Warm Waters』『Moon Man』『Geeta』『Koto』といった70年代の作品群を聴くと、フリー・ジャズやサイケデリック・ロック、グレイトフル・デッドを思わせる長尺なジャム、ニューエイジやインド音楽のラーガなど、世界中の音楽をブレンドしたサウンドは、もはやジャズという枠では捉えられないものになっていたし、それらはいわゆるジャズ史の中で語られることはほとんどない。ただ、ジャズが拡張されていった今、これらの作品群を振り返ってみると、こんな独特な音楽はどこにも存在していないことに驚く。

 80年代にジャズ・ピアニストのミシェル・ペトルチアーニから熱烈なオファーを受け、ジャズ・シーンにカムバックしてからは、ブルーノートから2作品を発表した後、ECMと契約、再び注目を集めるようになる。ジェリ・アレン、ブラッド・メルドー、ジェイソン・モランといった屈指の名ピアニスト、そして、ビリー・ヒギンズ、ビリー・ハート、エリック・ハーランドといったドラムの名手たちを起用して作り出した作品群は、ジャズ・シーンを大いに刺激した。

2019CharlesLloyd_image02.jpg

Photo by Takuo Sato

 2010年代に入り、チャールスは再びブルーノートと契約する。ブルーノートの社長に就任したドン・ウォズが大のチャールス・ロイド・マニアだったからだ。ドンは60年代の代表作『Forest Flower』のグループだけでなく、70年代の作品群もすべてレコードで揃えているほどの生粋のロイド・マニアで、当時ECMと契約中だったチャールスを3年ほどかけて口説き落とし、ブルーノートに迎え入れたのだった。



 ブルーノートに帰還したチャールスは、ECM時代だけでなく『Forest Flower』期をも彷彿とさせる『Wild Man Dance』や『Passin' Thru』といったアコースティック・ジャズ作品だけでなく、ビル・フリゼールやペダル・スティール奏者のグレッグ・リーズを加えた新バンド、マーヴェルズを結成し、ゲストにウィリー・ネルソンやルシンダ・ウィリアムス、ノラ・ジョーンズらを迎えた作品を発表した。これらはその人選からもわかるように、ブルースやゴスペル、フォーク、カントリーなどを視野に入れたプロジェクトで、古いフォークソングやゴスペルなども取り上げつつ、現代的なジャズの演奏を中心に据えていて、これまでのチャールスの作品群の中でも異色なものになっている。



 とはいえ、もともとボブ・ディランなどに触発されてきた人だけあって、キャリアを通じてフォーキーな楽曲をアコースティックのジャズ・バンドで演奏していることは少なくないし、2001年の『Hyperion With Higgins』にはECM作品の中にもアメリカ南部のブルース・サウンドが聴こえてきて、ジョン・アバークロンビーのギターからはビル・フリゼールやグレッグ・リーズのような非ジャズ・ギター的なフレーズが鳴っていたりもする。70年代は言わずもがなだが、60年代にも自身の故郷であるメンフィスをテーマにしたブルージーでレイドバックした楽曲をいくつも演奏しているし、振り返ってみるとキャリアを通して、ザ・マーヴェルズ的な要素がいくつも見えるのが面白い。

2019CharlesLloyd_image03.jpg

 そんなチャールス・ロイドの新プロジェクトが"Kindred Spirits"だ。マーヴェルズのメンバーであるエリック・ハーランドとルーベン・ロジャースのリズムセクションに加えて、ピアノのジェラルド・クレイトンとギターのジュリアン・ラージが参加している。ジェラルドは『Wild Man Dance』にも起用されているので、初共演はジュリアンのみ。

 ジェラルド・クレイトンはピードモント・ブルースと呼ばれるアメリカ東海岸のアパラチア山脈周辺の音楽を研究し、これをプロジェクト化して演奏していたことがある。エリザベス・コットンなどを聴くとよくわかるが、ブルースと呼ばれていても、カントリーやフォーク、ラグタイムとの共通性が特徴で、一聴した印象はどちらかと言えばフォークっぽい。ジェラルドはそんな音楽をジャズ・ミュージシャンたちにより再解釈するプロジェクトに携わっていたわけだ。



 また、ジュリアン・ラージは現代ジャズ・シーンの中で最も異端なギタリストの一人。戦前のジャズからブルーグラスにカントリー、ロックンロールからサイケデリック・ロック、インディロックまで、時代もジャンルも飛び越えるようにギターを奏でる。ウィルコのネルス・クラインやパンチ・ブラザーズのクリス・エルドリッジとのコラボレーションでも注目されている。



 このプロジェクトがどんなサウンドを奏でるのかはわからないが、そんなブルースやフォーク、カントリーなどにも造詣の深いメンバーを迎えたことは、これまでのチャールスの長いキャリアや、近年のマーヴェルズでのサウンドの延長線上にあるものにも容易くフィットする人選なのではないかと僕は思っている。

 若きキース・ジャレットからブラッド・メルドーまで、数多くの才能をフックアップしては彼らの個性を活かして傑作を生み出してきたのがチャールス・ロイドである。この新たなプロジェクトにも僕は大きな期待を寄せている。




柳樂 光隆(なぎら・みつたか)
1979年、島根県出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。
https://note.mu/elis_ragina
https://twitter.com/Elis_ragiNa

RECOMMENDATION