期待の俊才、ジョエル・ロスが見せる大器の片鱗
初来日!ブルーノート・レーベルが推す
新人ヴィブラフォン奏者の非凡なスケール
『キングメーカー』でブルーノートからデビューした注目の俊英、ジョエル・ロス。クオリティの高い作曲能力、コントロールされた音響、単なるヴィブラフォン奏者に収まらない器の大きさを見せるそのプレイはブルーノート東京でどう響くのか?
Text=Mitsutaka Nagira
ここ2年程、あらゆるアーティストや関係者との雑談の中でジョエル・ロスの名前を何度も聞いたし、様々な作品で彼の演奏を耳にした。これほどまでに大きな注目を集めた新人はなかなかいない。しかも注目度が高まっていた時期に、ブルーノート・レコードが即座に彼と契約し、デビュー・アルバム『キングメーカー』をリリースしたのにも驚いた。噂になっていると思ったら、あっという間にジャズ・シーンの中心になっていたわけだ。
『キングメーカー』はピアノ、ベース、ドラム、アルトサックスにジョエルのヴィブラフォンを加えたアコースティック・クインテットで、全曲がジョエルのオリジナル。まず驚くのがその楽曲のクオリティの高さ。豊かなハーモニーと、刺激的なリズムに溢れている楽曲ばかりで、曲が進むにつれて楽器の役割が入れ代わりながら、グラデーションを描くように色彩や表情が少しずつ移ろっていく。それでいてほとんどの局面がメロディアス。それぞれの旋律がどこかメランコリックだったり、メロウだったりするのも特徴で、そのメロディとハーモニーが生み出す色彩感が調和していて、アルバム・トータルでひとつのムードを醸し出していた。
そこにフィットしているのが、ジョエルのヴィブラフォンだ。ヴィブラフォン独特の音色が楽曲の淡い色彩に完璧に溶け込んでいるのだ。ピアノのようにコンピングしたかと思えば、サックスと並走するように新たな旋律を奏でたり、時には打楽器的にリズミカル且つパーカッシヴに疾走したりと、その役割をどんどん変化させる。そして鮮やかな金属音から、じわりと滲んでいくようなやわらかい音色まで、様々なトーンを叩き分け、倍音さえも必要な色合いや残響としてコントロールしながら、楽曲を完成させていく。アルバムのラストを飾る「It's Already Too Late」後半部のエフェクティヴでファンタジックな空間性は、ヴィブラフォンの倍音とそれぞれの楽器の残響音、そしてディレイ的なドラムを狙ってぶつけることで的確に生み出している。これはヴィブラフォンでなければできない音響であり、同時にその響かせ方を熟知していないと書けない楽曲であり、出来ない演奏だろう。こんなヴィブラフォンを僕は今まで聴いたことがない。
こんな才能をシーンが放っておくわけもなく、ジョエルはブルーノートが契約したもう一人の破格の才人、ジェイムズ・フランシーズのデビュー作『フライト』や、ロバート・グラスパー世代の最高峰サックス奏者ウォルター・スミス3世らの『In Common』などに起用される。例えば『フライト』では、ジェイムズのペンによる複雑な楽曲の中で、ヴィブラフォンの音色と倍音を活かしながらも、ピアノやキーボードと同じように鍵盤楽器としての役割を高度にこなし、楽曲のハーモニーをより豊かに響かせることに貢献している。収録曲「Crib」中盤でのシンセとヴィブラフォンが高速で並走する様には、驚きを通り越してヴィブラフォンであることを忘れてしまうほどだ。
もともと幼少期には教会で演奏し、主にドラムをやっていたというジョエル。それ故にリズム感もグルーヴも凄まじく、ある意味、クリス・デイヴらチャーチ系ドラマーが待つ高度なテクニックによるドラミングの身体性を、同じ打楽器であるヴィブラフォンにそのまま落とし込んだ印象さえある。そう思って見てみると、ドラムセットの中にボンゴやパッド、特殊なスネア、シンバル、ウッドブロック、カウベルなどを組み込んで、それらの音色やテクスチャーの違いをコントロールしながら、まるでメロディを奏でるように斬新なリズムを叩く現代のドラマーたちとの共通点があるのかもしれない。にもかかわらず、そこにはヴィブラフォンでしか出せない音が存在しているのが、ジョエルの恐ろしいところでもある。
そしてもう一つ語るべきは、マカヤ・マクレイヴンの『ユニバーサル・ビーイングス』への参加だ。NY、シカゴ、ロンドン、LAの4カ所で、それぞれ異なるバンドで録音されたこのアルバムのNYバンドに、ハープ奏者ブランディー・ヤンガーやチェロ奏者トメカ・リードらとともにジョエルは起用された。NYバンドは、ア・トライブ・コールド・クエストやピートロック、DJプレミアらのヒップホップを思わせるレア・グルーヴ~サンプリング・ソースを現代的にアップデートしたようなサウンドで、それにあわせてブランディーはドロシー・アシュビーを、ジョエルは(サンプリングソースとして人気のBNLA時代、ソウルやファンクを意識し始めた)ボビー・ハッチャーソンを思わせる演奏を提供していて、その器用さだけでなく、マカヤが提示しようとしたサウンドや文脈への理解度の高さに僕は驚いた。それはまるでグラスパーがNASを意識しながら、そのサンプリング元であるアーマッド・ジャマルのフレーズを演奏するような的確さだったとも言える。マカヤが作り出すザラっとしてファットな音像に抜けのいいスネアの音がビシッと鳴るようなテクスチャーにぴったり合っていた。ジョエルはそんな様々な文脈を叩き分けることができる稀有なヴィブラフォン奏者なのだ。ここまでの完成度や精度を持ったヴィブラフォン奏者はこれまでに存在しない。
『キングメーカー』から聞こえてくる、いち演奏家でもいち作曲家でもなく、すべてを自身でコントロールするトータルな音楽家としてのスケールの大きさだけでなく、あらゆる場、あらゆるジャズに適応できそうな、そのポテンシャルの高さは正直全く想像がつかない。ジャズ・ピアノに関しては、ジェイムズ・フランシーズが2020年代に向けて、これまでの常識を打ち破るようなテクニックと作曲で衝撃を与えたが、ジョエル・ロスもそれと同等の衝撃だと僕は思っている。世界が彼に驚きはじめたこの時期に日本で彼を見ておける機会ができたことを喜ばずにはいられない。
柳樂 光隆(なぎら・みつたか)- 1979年、島根県出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。
https://note.mu/elis_ragina
https://twitter.com/Elis_ragiNa
The EXP Series #31
JOEL ROSS "Good Vibes"
The EXP Series #31
ジョエル・ロス "Good Vibes"
2019 11.12 tue., 11.13 wed.
[1st]Open5:30pm Start6:30pm [2nd]Open8:15pm Start9:00pm
公演詳細はこちら → https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/joel-ross/