天城山・伊豆の海が出会って紡ぐ"冬景色"
[MONTHLY BEST CHOICE | SPECIAL DECEMBER MENU]THIS MONTH'S SPECIAL MENU下田産金目鯛の炙り クレソンとカブのムース 天城山の本山葵
ブルーノート東京の長澤シェフが日本各地で出会った食材をテーマに提案する今月のひと皿。
12月は緑深い天城山の「山葵とクレソン」、下田港が漁獲量日本一を誇る「金目鯛」が主役。
海の幸・山の幸が豊富な伊豆・下田の豊かなる冬の旬をお届けします。
甘み、辛味、旨みの調和をジュレに封じ込めていただく
晩秋のある日、長澤シェフはかねてより想いを寄せていた「わさび」の生産者を訪ねた。いまや伝説のレストランとなった「adding:blue」時代から、わさびは様々な料理の名傍役としてシェフを支えてきたかげかえのない食材。その旬は、晩秋から冬にかけて。まさに"今"なのだ。
山から湧き出る岩清水で無農薬栽培される「天城山のわさび」は、自然そのものの甘みと瑞々しさにあふれ、ピリリと心地よい辛味をたたえていた。その山葵田で偶然出会ったクレソンの爽やかな辛味が、さらにシェフの創造力を駆り立てた。天城山から向かった伊豆・下田港で待っていたのは、旬の金目鯛。脂ののった金目鯛は生はもちろんだが、表面を軽く炙ることで味にぐっと深みが出る。
シェフの頭の中ではこんな料理の構想が生まれていた。クレソンは蕪と合わせてムース状に。その上には表面を軽く炙った金目鯛。上に山葵菜の葉を敷き、その上に赤いラディッシュ、おろしたての天城山の天然山葵をたっぷり添える。そして仕上げには、透明な和の香りのジュレを注ぐのだ。
深海から出ずる金目鯛と山葵田の出会いを表現したひと皿「金目鯛の炙りと天城産クレソンのムース、透明なジュレと山葵添え」。静かな鮮烈さと驚きを秘めた、冬のはじまりを思わせるひと品だ。
photography = Jun Hasegawa
text = Akari Matsuura
CHEF
長澤宜久(ながさわ・たかひさ)
ブルーノート東京グループシニアシェフ。'91年に渡仏し三ツ星「ラ・コートドール」他、名店で経験を積む。'01年に帰国後、南青山「アディング・ブルー」、丸の内「レゾナンス」シェフ、2013年全店舗のシニアシェフに就任した。
《REPORT》 伊豆・下田の海と山
冬の旬を食べ尽くす
長澤シェフが愛する食材「わさび」の作り手を起点にスタートした伊豆・下田の旅。美しい海と山を擁するこの土地は、言わずとして知れた食材の宝庫だ。
シェフが出会った冬の味覚は、この時期ならではの力強い風味と旨みをたたえていた。
天城山系から約47kmにおよぶ海岸線。美しい海と山々を擁する伊豆・下田は、海の幸・山の幸に恵まれた食の宝庫として古くから知られている土地だ。ここに、長澤シェフが常々想いを寄せてきたわさびがある。天城の緑深い山の中で、下山さんご家族が無農薬栽培で手塩をかけながら育てる「あまご倶楽部」のわさびである。柿木川の支流「奥山川」の源流から湧き出る岩清水と穏やかな気候。天城の山々をめぐる自然の恩恵をたっぷり蓄えたわさびは、独特の辛味を特徴とする。特に摺立ては口にふくむとまず口中に甘みがふわりと広がり、続いて味蕾をやさしく刺激するような、ピリリと心地よい辛味の余韻がふっと鼻をぬけるのだ。
かねてよりこのわさびを主役にフレンチのひと皿を思索していたという長澤シェフは、この山葵田で思いがけぬ食材に遭遇する。ご家族がとあるレストランの依頼で作り始めたというクレソンである。生育のために"良質な水"を必要とするクレソンにとってすべての条件を満たした山葵田では、想像を超えるほどに食味豊かなクレソンが育てられていた。クレソン特有の苦みの代わりに広がるのはとても爽やかな辛味。茎も葉もシャキシャキして筋っぽさがまったくない。このクレソンとの出会いが、シェフの創造性を掻き立てた。
天城山を下って海岸線を抜け、下田港で目にしたのは、「水揚げ量日本一」を誇る金目鯛。脂がのった冬、12月頃に旬を迎える金目鯛は生でももちろん美味。まず最初は刺身で。続いて炙りで食したシェフは思わず「これだね」と言わんばかりの表情を浮かべる。シェフの頭の中で、冬のひと皿が完成した瞬間だ。