冬の味覚、下仁田葱の甘みをフォアグラにのせて
[MONTHLY BEST CHOICE | SPECIAL FEBRUARY MENU]THIS MONTH'S SPECIAL MENU下仁田ネギのベーコン巻き/
フォアグラのポワレとユリネのピューレ/トリュフのソース
日本全国津々浦々。旬の食材や伝統野菜のつくり手をめぐりながら、
ブルーノート東京・長澤宜久シェフが折々の食の感動を表現する「MONTHLY BEST CHOICE(今月のひと皿)」。
今月は群馬県が誇る伝統野菜「下仁田葱」が主役。という、ちょっと意外なキャスティングで展開します。
「旨み×甘み×食感」の風味絶佳を召し上がれ
「え?葱が主役?」と驚かれた方、ぜひご注目を。今回シェフが出会った「下仁田町が認定している下仁田葱」はフランス料理の冬の定番「ポワロー(西洋葱)」に良く似ているんです。生では刺すような辛味があるのに、火を入れると驚くほどぐっと甘みが増し、あの特有の"とろん"とした食感が現れる。
下仁田の伝統野菜としてその名は有名ですが、今や農家の数が減少し、"真"の下仁田葱は県外ではなかなか入手困難になっているそう。その食味のレベルは正直、「ポワロー以上」と豪語したいほど。この葱の感動的な旨み・甘みをどう表現すべきか、......考えあぐねてシェフが完成させたのは、なんとフォアグラとユリ根のピュレとのアンサンブルです。
旨みや甘みを逃さないため、葱は真空調理(真空状態で95度のオーブンにて10分火入れ)してから氷水に漬けて身を引き締め、さらにベーコンを巻いてシンプルにソテー。ポワレしたフォアグラと、葱と同じ"ユリ科"に属すユリ根のピューレ、上には味に深みを重ねる黒トリュフのソースを添えて。この時期だからこそ味わえる、なんとも贅沢なひと皿の完成です。ちなみに、下仁田葱で絶対味わうべきは、葉の内側にある"芯"の部分なのですって。旨みをぎゅっと蓄えたこの"芯"のソテーも、どうぞ忘れずにご堪能ください。
photography = Jun Hasegawa
text = Akari Matsuura
CHEF
長澤宜久(ながさわ・たかひさ)
ブルーノート東京グループシニアシェフ。'91年に渡仏し三ツ星「ラ・コートドール」他、名店で経験を積む。'01年に帰国後、南青山「アディング・ブルー」、丸の内「レゾナンス」シェフ、2013年全店舗のシニアシェフに就任した。
《REPORT》 大地の恵みを蓄えた
下仁田一の伝統野菜
「料理の原動力は"作り手の情熱"」と、長澤シェフ。今回シェフが訪ねたのは、群馬県下仁田町馬山地区で伝統野菜・下仁田葱栽培を手がける大沢農園。"葱"とひと言ではくくれないほどの時間と情熱をもって育まれる"真"の下仁田葱とは?
英語では「リーキ(リーク)」、フランス語では「ポワロー」と呼ばれる西洋葱。この葱に良く似た短く太い白根と濃緑色の葉、煮た時に出る独特の甘みを特徴とするのが下仁田葱だ。江戸時代から栽培されるこの伝統野菜は、将軍や各国の大名に献上された歴史を持つことから別称「殿様葱」とも呼ばれている。
今回訪ねた大沢農園では、農家11代目の大澤貴則さんにその歴史や特殊な栽培方法についてお聞きしながら、長澤シェフも畑で収穫をお手伝いさせてもらった。大澤さんの話では、下仁田葱と言っても実は多種多様で、本場馬山地区の伝統農法の下仁田葱は自家採取の種で種を守り続けた伝統野菜。しかし原種の種は病気にかかりやすく、繊細で成長も他の葱と比較すると遅い。伝統農法である「春の仮植と梅雨明け後の真夏の植え替え」を経て、播種から収穫までなんと15ヶ月もかかるのだという。しかも、生育の良否はその年の気象条件等に大きく左右されるのだから、この葱ならではの深い旨み・甘みは「膨大な時間と手間の結晶」であると言って他ならない。
葱特有のタンパク質「ミューシン」と、香りの成分「硫化アリール」を他の葱の約3倍も含有しているうえ、ビタミンB・Cも豊富で栄養満点。時間と手間とかけた分、土から存分に吸いとった風土の恩恵も大きいのだ。煮ると短時間でやわらかくなり、とろんととろけるような食感と独特の甘みで食通を唸らせる。地元ではすきやきや葱ぬたなどの料理が定番だが、長澤シェフが打って出た手法はシンプルなソテー。その1手を味わってみてあらためて感じること。料理人に課せられるミッションは、「その食材の感動を余すことなくテーブルまで届けること」なのだ。