「りんご」の大地に想いを寄せて
[MONTHLY BEST CHOICE | SPECIAL MAY MENU]THIS MONTH'S SPECIAL MENU青森シャモロックのバロティーヌ
シードルのジュレ
無農薬サラダ添え
ブルーノート東京・長澤宜久シェフが日本各地の生産者を巡りながら、
食材との出会いをひと皿に紡ぐ「MONTHLY BEST CHOICE」。
今月は前号につづき、本州最北端の地・青森でめぐりあった春の味覚を、
津軽の人々が誇る"シードル"の豊潤な風味とともにお届けします。
津軽発の個性派シードルが"究極の地鶏"と出会う
まだ冬の名残を感じる青森県弘前市。薪ストーブのある慎ましい空間で長澤シェフが味わった「kimoriシードル」は、フランスの農家製シードルを思わせる奥深い風味が印象的だ。手作りりんごジュースを思わせるふくよかな果実感と、チーズのような独特な余韻。さて、どんな料理が合うだろうか?
思い浮かべたのは、大鰐(おおわに)で出会った「青森シャモロック」。地元で"究極の地鶏"と称される稀少な特産地鶏である。肉そのものの風味が濃厚で旨みにあふれ、適度に引き締まった青森シャモロック。丁寧に飼育された"キレイ"な肉は雑味も臭みもない。良質な肉そのものをシンプルに味わえるよう選んだレシピは「バロティーヌ」だ。
一羽まるごとを骨をのぞいて丁寧に広げ、フォアグラや鶏レバー、豚肉のファルス*を巻き、焼かずにボイルして肉の旨みを強調。カットしたバロティーヌの断面にはあのシードルを煮詰めて作ったソースをたっぷりのせ、皿にはスパイスと煮詰めたリンゴ酢のソース、食感と風味に奥行きをもたせる有機粒マスタード入りサワークリームソースも添えた。旬を感じる無農薬栽培ハーブで新緑に彩ったひと皿は、シードル工房kimoriのある「弘前りんご公園」の風景を料理でなぞったものだ。ぜひ"シードル"とともに味わってほしいひと皿である。
*ファルスとは......肉や魚、野菜などのなかに別の食材を詰めた料理のこと
photography = Jun Hasegawa
text = Akari Matsuura
CHEF
長澤宜久(ながさわ・たかひさ)
'91年に渡仏し三ツ星「ラ・コートドール」他、各店で経験を積む。帰国後、'01年南青山「アディング・ブルー」、丸の内「レゾナンス」シェフ、2013年全店舗のシニアシェフに就任した。
《REPORT》 「りんごの神様」に捧ぐ
ひと皿への旅
本州最北端、青森が「美食の宝庫」であることはご存知のとおり。この地を二分する津軽地方と南部地方のそれぞれに足を向けた今回の旅では、思いがけない食材同士の融合が実現。さて、今回長澤シェフが青森縦断の旅で出会った食材とは?
青森県南津軽郡・大鰐町(おおわにまち)が誇る食材のひとつに「青森シャモロック」がある。今から約25年前、青森県畜産試験場が開発した肉用鶏で、肉がキレイで味に定評がある「雄の横斑シャモ」と、"幻の鶏"とも言われる稀少な「雌の横斑プリマスロック」の一代雑種だ。一代一代手間をかけて生まれる雛は、一般のブロイラーが50〜60日飼育で出荷されるのに対し、雄の青森シャモロックはその約2倍にあたる100日間、雌は120日間にわたってじっくり飼育される。その手間と時間が育むのが、高い値の旨み成分グルタミン酸とイノシン酸、料理人を魅了するきめ細やかな身質、濃厚な風味と出汁である。
弘前市では岩木山の麓「弘前市りんご公園」にたたずむ「弘前シードル工房 kimori」を訪ねた。2008年の降雹(こうひょう)被害の衝撃を機に、自然災害で行き場を失うりんごを救うため、弘前の若いりんご農家たちが立ち上げた小さなシードル工房だ。
ここで作られる「kimoriシードル」の原料は酸味と甘みのバランスが良いサンふじが主体。フランスの農家製シードルの伝統に習い、人工的に炭酸を重鎮せずタンク内で二次発酵を行う。より自然に近い「無ろ過製法」によって、津軽が誇る良質なりんごの果実感そのものが味わえる、誇り高きシードルが生まれるのだ。
ちなみに「kimori」とは、りんご畑の神様に捧ぐため木に残す1個のりんご「木守(きも)り」に由来している。長澤シェフに手による大鰐の青森シャモロックと、東北町「みどりの里」の無農薬ハーブとの融合は、まさに「りんごの神様に捧ぐひと皿」と呼びたくなるひと皿だ。青森の大地の力を借りて完成した「5月のひと皿」をどうぞお見逃しなく!
photography = Toshiichi Narumi
text = Akari Matsuura