"対"を成す料理。音楽と食のセッション!
[MONTHLY BEST CHOICE | SPECIAL JULY MENU]THIS MONTH'S SPECIAL MENU鯵のセビーチェ /
ミネラル仕立て 無冠帝とのセッション
『Living Without Friday』での鮮烈なデビューから15年。
世界的ジャズピアニストとして活躍する山中千尋さんが、最新アルバム『Guilty Pleasure』のリリースを記念して
ブルーノート東京で5回目のライブを行う。そのライブに捧ぐ、長澤シェフ渾身のひと皿とは?
ピアノのセッションのように展開する、食味あふれる"ひと皿"
「鯵のセビーチェ ミネラル仕立て 無冠帝(むかんてい)とのセッション」と名付けられたこの料理の裏テーマは、実は"日本酒"である。いまや国内よりも海外で話題の日本酒を密やかなテーマに掲げ、ふたりで訪ねた新潟県新発田の蔵元「菊水酒造」。ここで出会った吟醸生酒「無冠帝」を使った2品、魚介のマリネとグラニテは、実は交互に温度差を楽しみながら味わうために提案された1つの"対"の料理である。
メイン食材は塩麹で〆た鯵。そして無冠帝を利いた千尋さんが「合わせたい」と直感したフヌイユ(ウイキョウ)。さらに花穂じその実、オカヒジキ、キクの花、有馬山椒、アスパラガスなど、新発田の里山や田園風景に見立てた食材を融合し、あえてミネラル感のあるビネグレットでマリネ。キリッとした余韻の無冠帝のジュレで和え、食感豊かなセビーチェが完成した。カブのピュレや、グレープフルーツ、ブドウなどが顔をのぞかせては異なる表情をみせる、千尋さんいわく「万華鏡のような」ひと皿だ。
牛乳のコクを芳醇な無冠帝と融合したグラニテには、タピオカのような食感に仕上げた無冠帝のジュレをかけ、塩味を効かせたお米のチュイルを添えた。"対"で完成する料理のセッションは、軽やかで力強く、涼やかでワイルド。ライブの序章に、ぜひ味わいたいひと品である。
photography = Jun Hasegawa
text = Akari Matsuura
CHEF
長澤宜久(ながさわ・たかひさ)
'91年に渡仏し三ツ星「ラ・コートドール」他、各店で経験を積む。帰国後、'01年南青山「アディング・ブルー」、丸の内「レゾナンス」シェフ、2013年全店舗のシニアシェフに就任した。
《REPORT》 トリプルセッションを
夢見て日本酒の聖地へ
「ピアノ・日本酒・料理。他にはないユニークなセッションを叶えませんか?」。長澤シェフの発案のもとに実現することになった山中千尋さんとのスペシャルなコラボレーション。5月某日、ふたりは新潟県新発田に「菊水酒造」を訪ねた。
越後平野の北に位置する新潟県・新発田(しばた)市は、豊かな加治川の水系によって潤う肥沃な土地と、 県内有数の良質米コシヒカリの産地として知られている。のどかな田園風景に囲まれるように、緑あふれる森のなかにたたずむ菊水日本酒文化研究所。その入り口で出迎えてくれたのは、5代目蔵主・高澤大介社長と、同社広報の西村茂幸さんだ。
創業125年を記念して平成18年に設立された建物は、お目当ての醸造施設もすべて、木の温もりにあふれるモダンな建物の地下にある。そして今回、ご案内いただいた「節五郎蔵」は有機素材を積極的に採用し、有機空間を持つ蔵として、日本で最初の認証を受けたという貴重な蔵である。
「日本酒の長い歴史においては、弊社はたかだか135年。まだまだひよっこですよ」と謙遜する高澤社長だが、昭和44年、先代が現在地に新しい酒造を完成して以降、日本酒の伝統的な制度である"杜氏制"を廃止。すべて手作りにこだわる「節五郎」のような銘酒も守りつつ、先進的な設備の有効性も導入するなど、常識にとらわれない革新性で業界内でも一目置かれる存在だ。
蔵主の志に耳を傾けつつ施設をめぐったふたりが到達したのは、白木のカウンターをしつらえた利き酒バー。ここで日本初の生原酒缶としとしても有名な「ふなぐち」シリーズをはじめ、個性豊かな数々の銘酒を飲み比べた。その中でも特に千尋さんの心を捉えたのが、力強くも繊細で、キレのある味わいや透明感が印象に残る「無冠帝」だった。千尋さんの頭に浮かんだ食材は「フヌイユ」。かくして、無冠帝とフヌイユはどんなセッションを奏でるのか?長澤シェフの腕の見せどころはここからである。
photography = Jun Hasegawa
text = Akari Matsuura