佐賀の風土と、作り手たちの情熱。食材に込められたストーリーを味わう
[MONTHLY BEST CHOICE | SPECIAL AUGUST MENU]THIS MONTH'S SPECIAL MENU佐賀の風土と、作り手たちの情熱。
食材に込められたストーリーを味わう
海のものと、山のもの。佐賀への旅で出会った素晴らしい食材を使った新メニューが登場。鶏の様々な部位を味わうラビオリに、酢、醤油、柚子こしょうが香る純白の泡...。生産者の思いを受け止め、一皿のフレンチに昇華させた、和魂洋才の味が生まれました。
香り×旨み×辛みの相乗効果。食べ進むごと、風味が複雑に変化するラビオリ
素材の魅力を最大限に引き出すことが、作り手の思いをつなぎ、大切な命に報いること。その思いから、シェフ長澤は佐賀で出会ったすべてを一皿に封じ込めました。「鶏のラビオリ 佐賀のオマージュ」は、ラビオリを中心にハーブとエスプーマがふわりと盛られた一皿。一見、まるでモダンな盆栽。味の想像が難しく、それゆえに期待が高まります。
ラビオリのフィリングは「みつせ鶏」と「ふもと赤鶏」の胸肉、せせり、鶏トロをミンチし、えのきとしめじ、油麩を混ぜ、丸秀醬油の「自然一醬油」で味付け。生地には海苔をそのままの形で乾燥させた「香味干し」を練り込み、独特のグリーンの色合いと海の風味を出しました。スープのようにたっぷり張ったソースの濃厚なコクは、鶏ガラと貝のだしから。ラビオリの下には、低温調理した鶏もも肉と「赤柚子こしょう」、トロリとした米なすと丸秀醤油の「十穀味噌」が香ばしく重なります。
この料理のもう一つの主役は、泡雪のようなエス プーマ。「サガ・ビネガー」の料理酢のやさしい酸と甘み、醬油の豊かな香り、黄柚子こしょうのピリリと心地よい刺激が一体となったやわらかな泡。料理全体と混ぜて頰張ると、野趣にあふれた力強い風味が漲ります。佐賀の人々の真摯な思いと料理人の心がつながった一皿。胸に深く刻まれる味です。
photography = Jun Hasegawa
text = Tomoko Kawai
長澤宜久 (ながさわ・たかひさ)ブルーノート東京グループシニ アシェフ。'91年に渡仏。各地方 の名店で経験を積み、帰国後も 現地の料理人や生産者との交流 を大切にし、影響を受けている。 近年では日本の文化や伝統食材 なども積極的に取り入れ、日々食 と音楽の繋がりを追求している。
自然がもたらす恵みを やさしく見守り、育む
有明海に面し、雄大な自然を擁する佐賀県。海の干満の差が生む上質な海苔、米どころゆえに発展した発酵調味料作り、豊かな水と空気が育てる果実と鶏...。食材の宝庫と呼べるこの地で、伝統を守りながら挑戦を続ける生産者に会いました。
「食べものが生まれ育つ場所に立つと、料理へのインスピレーションが沸き上がる」と語るシニアシェ フの長澤。食材を知るには、自分の目で見て、作り手の話を聞き、味わうのが一番。ブルーノート東京の食材探しの旅。灼熱の太陽が照りつける8月に、小川卓美シェフと共に佐賀県を訪れました。
佐賀の特産品といえば、品質・生産高共に日本一を誇る有明海苔。専門店「三福海苔」で店主の川原常宏さんに海苔の養殖法や買い付け、加工の話を伺いました。丁寧な手仕事で作られる「香味干し」や希少な「生のり」を試食し、濃密な海の香りに感動。
続いて「川原食品」へ。自家栽培の柚子と在来種の唐辛子、玄界灘の塩を用い、青・黄・赤と3種の色鮮やかで上品な風味の柚子こしょうを作る同社。パウダーやジュレタイプも生産し、九州の伝統調味料の新たな魅力を発信する姿が印象的でした。
江戸時代から米酢の生産が盛んな佐賀。「サガ・ビネガー」は1832年創業の老舗。初代から受け継いだ「静置発酵法」を守り、発酵・熟成期間は180日以上。まろやかな酸味が特徴です。5代目の右近雅道さんは、伝統製法を生かしながら独自の商品開発にも熱心。珍しい「菊芋酢」や「ニンニク酢」 にシェフたちも興味津々。料理熱も高まります。
「蔵に住み着いた自然な菌は、大事な従業員です」 と笑うのは、佐賀県内で唯一の天然醸造醬油を作る「丸秀醬油」6 代目の秀島健介さん。蔵にはやさ しい光が差し込み、ブツブツというもろみの息遣いが感じられます。自然と対話をしながら熟成を見守る姿に、生命の力強さと日本の原点を学びました。
佐賀や九州北部で「みつせ鶏」「ふもと赤鶏」を 生産する「ヨコオ」。直営農場や工場では、清涼な環境と高い技術、徹底管理でおいしい鶏を届けています。食べることは、命をいただき、つないでいくこと。作り手の誇りと鶏への愛情に触れ、食に携わる仕事への決意を新たにする旅となりました。
①~② 唐津の山間にある「ヨコオ」の直営農場。鶏たちはきれいな水と空気に囲まれ、愛情を注がれて育つ。③ フランスの赤鶏をルーツに持つ「ふもと赤鶏」。おだやかな気性で人懐っこい。 ④ 「酵母と菌が伸び伸びできる環境を作るのが、私たちの仕事」と丸秀醤油の秀島さん。⑤ 2年の熟成後もろみは布で包み、重ねる。ここから生醤油がしみ出す。⑥ 華やかな色の柚子こしょう。パウダータイプはカクテルのアクセントにも最適。 ⑦ 1枚ずつ焼き上げた海苔は、茶箱で2時間ほど乾燥させて最高の味に。⑧ 長い時を経て、良質な酢酸菌を育んできたお酢の蔵。タンクには筵(むしろ)をかけ、毎日確認。