マッシュルームの知られざる味
[MONTHLY BEST CHOICE | SPECIAL FEBRUARY MENU]THIS MONTH'S SPECIAL MENU
美しい水と作り手のひたむきな思いがつながる
緻密な旨みのマッシュルームを一皿に
静岡の恵まれた自然環境のもとで、大切に育まれたマッシュルーム。シニアシェフの長澤宜久が、生産者の思いをつなぎ、その滋味を一皿に閉じ込めました。密度の高い食感と、鼻に抜ける香り。マッシュルームの知られざる味に出会える、至高の一品です。
土の香り、水の甘み、力強い食感...。
自然をそのままに味わう
やわらかく、すーっと体に沁み込むなめらかなのど越し。長谷川農産のファームで味わった井戸水は、やさしくてきれいな味でした。この水を生かすためにシェフの長澤が考えたのが、生のままと火を通したもの、2種類のマッシュルームが主役の料理です。手のひらサイズのジャンボマッシュルーム「ポッ トベラ」の水分を逃さないように真空低温調理し、白菜と豚肉、鶏レバーのファルスを詰めてさらにソテー。その上に極薄くスライスした生のブラウンマッ シュルーム、そして黒トリュフの千切りをたっぷりとのせました。生のマッシュルームは、口中にしっとりきめ細かな感触が広がり、かむほどに香りと瑞々しさが広がります。ポットベラは、口に入れた途端にアツアツの汁がじゅわっと沁みだし、旨みがほとばしる衝撃の味。ふたつのマッシュルームから、黒トリュフを超える力強い風味が漲ります。
「マッシュルームとベーコンをソテーして食べるのが一番」という生産者の長谷川さんの話にヒン トを得て合わせたのは、軽く焼いたパンチェッタ。冬に甘みを増すカリフラワーのピューレ、トリュフのビネグレットソースと共に味わうことで、軽快なリズムを生みました。土と水、自然が生み出す不思議な食材、マッシュルーム。その多彩な表情を幾重にも楽しめる一皿。ぜひご堪能ください。
富士山の伏流水で栽培
清らかで力強い味わい
フランス料理を作る上で欠かせない素材である、マッシュルーム。長谷川光史さんが静岡県富士市で生産するマッシュルームは、繊細な食感の中に濃い香りと味がぎっしり。シェフ長澤がファームを訪れ、おいしさの秘密をのぞいてきました。
静岡県東部。富士山の南側に位置する富士市は、豊富な水資源と温暖な気候、年間を通しての日照時間の長さから、農作物作りに最適な地です。富士市で無農薬のマッシュルーム作りを行う長谷川農産の代表・長谷川光史さんと、静岡で修業時代を過ごした長澤シェフとは旧知の間柄。長谷川さんのマッシュルームには「美しい形としっかり した食感。瑞々しくて濃厚で、生で食べても最高」と、シェフも絶大な信頼を寄せています。
長谷川さんの実家は、もともとキャベツ農家。農薬をできる限り使わず、土壌をよくすることで味のよい野菜を育てようとする両親を見て育ち、自然農法に関心を寄せました。そして約30年前、当時日本ではほとんど普及していなかったエコ農法を学びにオランダを訪問。そこで食べたマッシュルームが、長谷川さんの人生を変えました。
「独特の歯ごたえと香り、ほのかな甘み...。この味を、日本でも作りたい」。帰国後は熱い思いを胸に、試行錯誤。オランダから栽培技術者を迎え、菌床をコンテナで輸入。「野菜の90%以上は水分。きれいな水を使わなければ、よい野菜は生まれない」という信念から井戸を掘り、富士の伏流水で栽培。徹底した衛生管理で、無農薬・無漂白を実現しました。なかでも直径9cm以上のブラウンマッシュルーム「ポットベラ」は、特に肉厚で濃厚な自慢の味。けれども、大きすぎて当初は全く売れなかったとか。それでも「モノには絶対の自信があった」という長谷川さん。海外帰りの料理人を中心に営業を重ね、今では有名レストランが顧客リストに並びます。
「料理するうえで大切なヒントが、このファームには溢れていますね」とうなずく長澤シェフ。それは、明確なイメージと目指す味があり、努力を惜しまないこと。作り手の情熱を胸に抱え、日々の仕事への思いを新たにしました。
1. 収穫間近のブラウンマッシュルーム。香りが強く、食感もしっかり。肉料理によく合う。2 . 敷地内の貯水槽。富士の湧き水を使って栽培するため、地下70mの井戸を掘り、ポンプで汲み上げている。3. 「湿った落ち葉が重なり、木漏れ日が落ちるような、秋の森林の環境を再現した」と長谷川さんが語るマッシュルームの栽培室。室温は17~18°C、湿度83%程度を保つ。4 . 富士山の雄大な姿を眺められる、静岡県富士市。富士の湧き水の恵みで、極上のマッシュルームが育つ。 5. 栽培室で長谷川さん(左)に話を伺いながら試食をする長澤シェフ。 6. 純白でマットな質感のホワイトマッシュルーム。
photogaphy = Jun Hasegawa
text = Tomoko Kawai