[インタビュー|MY INSTRUMENT]矢野顕子
"ピアノが愛した女"が愛するピアノ
夏のブルーノート東京恒例となった矢野顕子トリオ。ウィル・リー(b)、クリス・パーカー(ds)という不動のメンバーに加えステージには新たな相棒であるベヒシュタインのグランドピアノが!
1853年にベルリンで設立されたピアノメーカー、ベヒシュタイン。同じドイツをルーツに持ちながら、ホールで大きな音を鳴らす方向へ進化したスタインウェイと異なり、貴族のサロンで弾かれた"ピアノ・フォルテ"のDNAを色濃く残すメーカーとして知られている。そんなベヒシュタインのピアノと矢野顕子の出会いは、2017年の弾き語りアルバム『Soft Landing』のとき。長らく彼女の録音を担当するエンジニア、吉野金次の勧めによるものだった。
「スタインウェイでの弾き語りはもう分かっているから、今度はベヒシュタインで聴きたいって吉野さんが思ったんでしょうね。私にとってスタインウェイはどういうふうに弾きたいかを言わなくても分かってくれる存在。でも、ベヒシュタインは全く違って、無い袖は振れないっていうか、その音が欲しいならちゃんと弾いてくださいっていう感じなんです」
新しいパートナーであるベヒシュタインとの関係を一から作り上げていった『Soft Landing』は、これまでの弾き語りとはひと味違った彩りをまとい、多くのリスナーから喝采を浴びた。今回、ブルーノート東京のステージに置かれたピアノは、まさにその録音に使われたC. BECHSTEIN D-280である。
「『Soft Landing』の録音以降もコンサートでは時々お借りしていたんですが、今回のステージでやっとピアノが"ハイハイ"って心を許してくれた感じになりましたね(笑)。ちゃんとピアニズムができたというか、拙い力ながらピアノがうまく鳴るようなプレイができてすごくうれしかったです」
「いろはにこんぺいとう」での低音弦の力強さ、パット・メセニー提供曲「PRAYER」での弱音の繊細さ、様々な楽曲で構成されたセットリストのいずれもその響きは美しく、満員の観衆の耳を魅了した。
聞けば矢野は自宅用にもC. BECHSTEIN B-212というモデルを導入したとのこと。
「ドイツで作られたばかりの若いピアノを購入しました。育てていこうというか、一緒にがんばって行こうね、みたいな感じです(笑)」
photography = Takashi Yashima
interview & text = Susumu Kunisaki
cooperation = Rittor Music
- 矢野顕子(やの・あきこ)
- 1976年、アルバム『JAPANESE GIRL』でソロデビュー。以来、YMOとの共演やセッションへの参加など活動は多岐にわたる。最新作は様々なジャンルのアーティストとコラボした『ふたりぼっちで行こう』
- 國崎 晋(くにさき・すすむ)
- サウンド&レコーディング・マガジン編集長を20年務めた後、多目的スペース「御茶ノ水Rittor Base」のディレクターに就任。最高の音響設備を生かしたライブやインスタレーションを多数手掛ける