[インタビュー|OFFSTAGE]ドクター・ロニー・スミス
私の音楽人生には何人もの天使が存在しました。
7月に3日間6公演行ったオルガンジャズのレジェンド、ドクター・ロニー・スミスを支えてきた音楽家たち。彼らの魂を感じながら、ロニーは世界中で演奏を続ける。
音楽一家で生まれ育ったドクター・ロニー・スミス。しかし、彼は子どものころは楽器はやらず、ゴスペルを歌っていた。それでも、楽器を見るのは大好きで、近所にあるアート・クベラさんという人の楽器店には毎日遊びに行っていたそうだ。
「オルガニストとしての私のスタートは18歳。その日もアートの店を訪れると、彼は店を閉め、僕を自宅に連れていきました。そして、僕に1台のオルガンを見せた。名器ハモンドB-3でした。あの日、僕はオルガニストになるように、神から啓示を受けた気がしました。アートは私に数千ドルするその名器をくれたのです。1ドルのお金も求めずに」
なぜくれたのか―。理由はわからない。
「30年以上経ち、あるテレビ局が私のドキュメント番組をつくりました。そのときに撮影隊がアートのもとを訪れています。しかし、彼はすでに病院のベッドの上でした。そして、撮影の翌日息を引き取った。私は会えませんでした。だから、オルガンをくれた理由は今もわからないままです」
そのB-3は10年以上前、ライヴに遊びに来た少女にあげてしまった。彼女はものすごくオルガンがうまかったけれど、楽器を持っていなかったのだ。
「私はいつも思っていることがあります。人の人生には、何人かの天使がやってきます。その天使によって、人生は導かれる。私にとって最初の天使がアートでした。もちろん、後にブルーノート・レーベルと契約するきっかけを作ってくれたサックス奏者、ルー・ドナルドソンも私の天使。そして、ルーのアルバム『アリゲイター・ブーガルー』で共演したギタリスト、ジョージ・ベンソンもまた私の天使です」
そう言って、ロニーは首からぶら下げたリングを見せてくれた。よく磨かれた石が加工されている。
「ブルーノートのスタジオの前で拾った石をリングにしました。この石には私が契約した当時のエンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーをはじめスタッフやミュージシャンの魂がいて、今も一緒に世界を旅しているのです。ルディも私の天使です」
ロニーは70代を迎え、若いミュージシャンたちと世界をまわり、演奏をしている。
「彼らは、才能に恵まれ、きちんとした音楽教育を受け、あらゆる音楽をどん欲に吸収しています。それを私の音楽にもたらしてくれる。私は譜面が読めません。だから、その場の空気で、どんどん音楽のカタチを変えていきます。アイディアを豊富にするために、ジャズだけではなく、オペラもヘビーメタルもカントリーもラップも聴きます。そこに、さらに、優れた若手メンバーのアイディアが加わっていくのです。その結果として、私のオーディエンスには10代、20代が増えています。喜ばしいことです」
今回の来日公演の1週間前、ニューヨークのジャズスタンダードの楽屋に若い女性が訪ねてきた。
「すっかり大人になっていましたが、かつて私がオルガンをプレゼントした少女でした。そして、彼女は私にCDをくれた。彼女のデビュー作でした」
Photo by Great The Kabukicho
- Dr. LONNIE SMITH TRIO
- 2018 7.28 - 7.30
- Dr. LONNIE SMITH(ドクター・ロニー・スミス)
- 1942年、ニューヨーク生まれ。60年代後半から活躍、頭にターバンを巻いたスタイルで独特な存在感を放つ。ルー・ドナルドソンが67年に発表した「アリゲーター・ブーガルー」ではジョージベンソン等と競演し、ソウル・ジャズの幕開けに欠かせない存在。
photography = Hiroyuki Matsukage
interview & text = Kazunori Kodate
interpretation = Keiko Yuyama