初来日! カタルーニャの至宝、シルビア・ペレス・クルスが語る自らの音楽
スペインの要注目シンガー
公演直前インタビュー!
シルビア・ペレス・クルスは、日本ではまだ秘宝的存在かもしれないが、スペインのカタルーニャが生んだ、掛け値なしの"至宝"だ。すでにヨーロッパや中南米諸国では広く知られている彼女の初来日公演は、これから先、伝説として語り継がれていくに違いない。
interview & text = Toru Watanabe
translation = Aki Ota
シルビア・ペレス・クルスは、ある特定のジャンルやスタイルに縛られていない歌手だ。なにしろ音楽的バックグラウンドは幅広く、レパートリーも幅広い。自作曲に加えて、カタルーニャ民謡も歌えば、ジャズ・スタンダードも歌う。ボレロやフィーリン、ブラジル音楽、フラメンコ、ファド、シャンソン......シューマンの歌曲やレナード・コーエン、デヴィッド・ボウイの曲も録音している。しかも彼女は、映画『Cerca de tu casa』(2016)で主演を務めたほどの見目麗しきアーティストである。ただし、シルビアの情熱的な歌は、燃えさかる炎のようであり、乾いた土や孤独の匂いもすれば、苦い血の味もする。先に触れた日本未公開の映画も、社会派ドラマだ。単に器用な才媛や華やかなスターではなく、さらに賛辞を付け加えるなら、歌手や女優である以前に生身の"女性"であり、なおかつ"カタルーニャ人"─こうしたアイデンティティーを強く感じさせる点こそが、最大の魅力と言えるだろう。
「私は特定の音楽スタイルの歌手になろうと思ったことは一度もなく、昔から自分独自の音楽言語というものを確立しなければならないと思っていました。ただ、そのためには色々なリソースを自分の中に取り入れる必要があると思ったので、3歳から18歳まではクラシックを学び、その後ジャズやフラメンコに出会い、それぞれの音楽から必要なものを吸収しました。そして20代半ばの頃に、今後自分が特定の音楽スタイルにとらわれずに歌い続けていくためにも、私自身で作曲や編曲をすることの重要性を感じるようになりました。他の人が作った曲を取り上げる際は、原曲がどんなジャンルに属しているかということは気にせず、自分の思いのままに編曲し、私らしい歌い方で歌うことを心がけています」
昨年リリースされた最新作『Vestida De Nit』は、以前のアルバムで披露した代表曲に加えて、新しいレパートリーを、弦楽クィンテットと共に録音したアルバム。ブルーノート東京での公演も、同じ編成で行なわれる。
「今から約4年前、クラシック音楽のイベントで特別コンサートをしないか、という依頼を受けました。前々から私は、弦楽クィンテットの伴奏で歌ってみたいと思っていたので、話を引き受けました。本来そのコンサートは1日限りのプロジェクトだったのですが、私はこの形態での活動を継続したいと思い、その後約3年間にわたって、弦楽クィンテットと一緒にライヴをやり続けました。するとこの間に弦楽クィンテットは、楽譜を見ないでも演奏できるようになったどころか、即興も取り入れることができるようになり、サウンド自体もすごく向上したので、アルバムを録音しよう、と。私たち独自の"音楽の旅"が達成したという手応えがあったので、それを形に残そうということになったんです」
初のソロ・アルバム『11De Novembre』(2012)は、全編オリジナル曲でまとめられている。興味深いことにシンガー・ソングライターとしてのシルビアは、ニック・ドレイクに大きな影響を受けている。ニックの『ファイヴ・リーヴス・レフト』は室内楽的ストリングスを特徴とする名盤で、『Vestida De Nit』との親和性が高い。もしシルビアが、来日公演で彼の曲を歌ってくれたら、僕は感激のあまり卒倒してしまうかもしれない。
「私は常に音楽に囲まれているので、普段はあまり音楽を聴きません。でも、仕事から自宅に戻ったときはリラックスするために数枚の愛聴盤を部屋の中に流します。『ファイヴ・リーヴス・レフト』は、そのうちの一枚。あのアルバムはとても深遠な作品で、自分が望めば、奥深いところに入り込んでいくことができるけど、聴き手を強制的に引きずり込むどろか、むしろ聴き手の心に寄り添ってくれる。だから大好きです。たしかにニックの曲は弦楽クィンテットにぴったりだと思うので、いつか歌ってみたい。日本公演に間に合うかどうかは分からないけど、素敵なアイデアを提案してくれて、どうもありがとう」
Recommendation
アン・サリー
2001年のデビュー以来多数のCDを発表、CMや映画の主題歌を歌唱、日本全国、アジア地域で演奏活動を行うシンガー&ドクター。ほころぶ花のように芳醇なその唯一無二の歌声は幅広い層に届けられている。
ある休日の朝、ラジオから流れた歌声に一瞬で耳を奪われた。家事をする手をすっかり止めて、その心の震えを反映したような繊細なビブラートや、所々織り混ざる民族的情熱溢れる節回しにしばし聴き入っていた。この声はいったい誰なのだろう? これほど強く心惹かれることは滅多に無い。メモした名前を早速検索し歌う姿を観た。何かに祈るように一途に歌う神々しいほど美しいその姿。世界で一番会いたい歌姫が来日する。夢のよう!
中川五郎
1960年代中頃からピート・シーガーやウディ・ガスリーなどアメリカのフォーク・シンガーの影響を受けて歌い始め、今年で歌い始めて51年。日本各地でライヴ活動を行なっている。歌詞や小説の翻訳も手がける。
歌い手として野生的な魅力に溢れ、なおかつさまざまな音楽をしっかり学び、その歴史や背景にも造詣が深いとなると、これはもう鬼に金棒だ。そんな鬼に金棒シンガーがシルビア・ペレス・クルス。おまけに両親共に歌手と、家庭環境にも恵まれている。音楽大学で楽器やダンスを学び、ジャズ・ヴォーカルで学位も取得したが、彼女はどの国、どの文化、どの時代のどんな歌を歌っても、知に走りすぎることなく、その歌からは赤く焼けた鉄よりも熱いワイルドでまっすぐな感情が迸り出る。鬼に真っ赤に焼けた金棒の歌手、それがシルビアだ。
シルビア・ペレス・クルス
『VESTIDA DE NIT』
(Universal Music Spain)
シルビアのスタイリッシュなルックスと情感あふれるパフォーマンスは是非ライヴで。詳しくは〈Sílvia Pérez Cruz〉YouTubeチャンネル。
- シルビア・ペレス・クルス
- 1983年、カタルーニャ生まれ。名門カタルーニャ高等音楽院でジャズ・ヴォーカルを学ぶ。主演映画『Cerca de tu casa』でも注目を集めた他、"スペインのアカデミー賞"ことゴヤ賞で2度の栄誉に輝く。
- 渡辺 亨(わたなべ・とおる)
- 音楽評論家。DJ。色々な媒体での執筆、レギュラーでNHK-FM『世界の快適音楽セレクション』の選曲担当&出演。シルビアの初来日を記念してリリースされる日本独自編集盤の監修・選曲を手がけました。