本物のレジェンド、メイシオ・パーカーがレイ・チャールズに捧げるステージ | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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本物のレジェンド、メイシオ・パーカーがレイ・チャールズに捧げるステージ

本物のレジェンド、メイシオ・パーカーがレイ・チャールズに捧げるステージ

メイシオが8年ぶりに登場 レイ・チャールズへ捧げる!

ジェームス・ブラウン、ジョージ・クリントンのPファンク軍団、プリンス~ファンクのDNAを携えたファンク度98%のサックス奏者、メイシオ・パーカー。彼のもう一人のアイドル、レイ・チャールズに捧げる入魂ライヴ、いよいよ登場

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text = Masaharu Yoshioka

 メイシオ~~ッ。

 ステージ上で、彼の名前を叫ぶアーティスト、1960年代はジェームス・ブラウンだった。そして、2000年代はプリンスだった。6ディケード(60年代から2010年代)にわたってソウル、R&B、なによりファンキーなサックスを聴かせるサックス奏者として多くのスターたちから求められている伝説のメイシオ・パーカーが、ブルーノート東京に8年ぶりに来日する。

 今回のメイシオ・パーカーのライヴは、2014年に本格的に企画が始まった彼のヒーローの一人でもあるR&Bのレジェンド、レイ・チャールズ・トリビュート。2016年8月にハリウッド・ボウルで1万人の観客を集めて初お披露目したのち、第59回モントレー・ジャズ・フェスティヴァル、ニュージャージー州で行われたケイプ・メイ・フェスティヴァルなど各地のジャズ・フェスでパフォーマンスを見せてきたものだ。(ただその前にもレイ・トリビュートCD発売と関連して単発的にはトリビュートを行った)

 今回のこのビッグバンドを率いるのは1986年から2004年のレイ・チャールズ死去までレイ・チャールズ・オーケストラにトロンボーン奏者として参加してきたスティーヴ・シグムンド。さらにこのバンドに、レイ・チャールズのバックコーラスであるレイレッツが帯同する。メイシオが「まさか自分のヒーロー、レイ・チャールズのビッグバンドと一緒に共演できるなどとは思ってもみなかった」と語る夢のプロジェクトだ。

 メイシオ・パーカーは、1943年2月14日、ノース・キャロライナ州に父親もミュージシャンで兄弟も音楽をプレイする音楽一家に生まれた。そんなメイシオにとって1959年、16歳のときに聴いたレイ・チャールズの大ヒット「ホワッド・アイ・セイ」は、彼のミュージシャンとして一生やっていこうと決めることになった記念すべき一曲だ。

 ファンクDNA。

 現在75歳。1964年(21歳)に兄メルヴィンとともにジェームス・ブラウン・バンドに入り、ライヴ、レコーディングで様々なプレイを残した。特に、ジェームス・ブラウンが「メイシオ~~ッ」と叫んで、彼のサックスソロが始まる部分はバンドの中でもハイライト的存在となった。1975年、彼は同じジェームス・ブラウン・バンドのトロンボーン奏者、フレッド・ウェスリーとともにジョージ・クリントン率いるファンク・グループ、パーラメント/ファンカデリック(Pファンク)に参加。2000年代に入って、プリンスのバンドに帯同するようになり、2002年11月の来日公演ではプリンスが盛んに「メイシオ」と叫んで、ソロを促した。つまり、メイシオはジェームス・ブラウン、Pファンク、プリンスと、ファンクあるところメイシオあり、という存在にまで上り詰めたわけだ。

 1990年代から自身名義のバンドでのライヴ活動、レコーディングも行い、10枚以上のソロ・アルバム、多数のセッションに参加。この時期、盟友フレッド・ウェスリー、ピー・ウィ・エリスらとJBホーンズ名義でもレコーディング、来日もしている。まさにジェームス・ブラウンのDNAを持ち続けファンク魂をキープしている男だ。

 メイシオはかねてから自身のライヴについて「オレのライヴは98%がファンク、残り2%がジャズだ」と言い放つ。

 彼は、2007年、『トリビュート・トゥ・レイ・チャールズ』という作品をリリース。すでにレイ・チャールズへの尊敬を表明していた。

 ある程度の年齢以上のアーティストにとって、レイ・チャールズは誰にとってもあこがれのスターだ。ビリー・ジョエルがレイの歌い方にあこがれて真似たり、スティーヴィー・ワンダー、アレサ・フランクリンなどのビッグ・アーティストのほか多くのロック系アーティストにも多大な影響を与えている。

 ビッグバンド。

 今回のビッグバンドの指揮者スティーヴ・シグムンドは1986年12月、彼がまだ22歳だったときに、デモテープを聴いたレイ・チャールズ本人から突然電話が来て、フロリダで行われるクリスマス・ショーでトロンボーンをプレイしないかと誘われた。緊張した彼はそれでもこんなチャンスはないと快諾し、同年12月23日に初めてレイ・チャールズ・オーケストラの一員としてプレイ。以来、2003年7月20日レイの最後のライヴまで17年間にわたっておよそ2000本のショーでプレイしたという。

 そんなレイ・チャールズのスピリットを知り尽くしたシグムンドが指揮をするビッグバンド(今回はエリック・ミヤシロをはじめとする日本の凄腕ミュージシャンによる編成)にメイシオのファンキー・サックスと、レイレッツがレイ・チャールズのヒット曲を奏でる。そして、最近よく喉を聴かせるメイシオ・パーカー自身がレ イの声色を真似、レイの如く首を横に振りながら ヴォーカルも聴かせる。ブラック・ミュージックの過去現在未来が繋がる瞬間だ。

 

メイシオ・パーカー
『It's All About Love』
(Jazzline/King International)

 
協力:ワーナーミュージック・ジャパン

ザ・レイレッツは1950年代から1960年代に活動したクッキーズが前身。アトランティック・レコードでのセッション・ワークを通じてレイ・チャールズと出会った。その圧倒的な存在感はレイにも負けず、「レイ・チャールズのコーラス隊」として語り継がれ、映画『Ray/レイ』(日本公開2005年)にも登場する。

吉岡正晴(よしおか・まさはる)
音楽評論家、DJ。ソウル、R&B、ダンス・ミュージック全般を得意とする。「ソウル・サーチン」をキーワードにウェッブ、イヴェント、ラジオ番組などを展開。毎日更新のブログは https://ameblo.jp/soulsearchin/

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