原田和典のBloggin' BLUE NOTE TOKYO

ハービー・ハンコックから「こんなに深く音楽そのものに関わっているシンガーは稀」、ウェイン・ショーターに「フランク・シナトラに通じる表現力。今、こんなシンガーは彼女しかいない」と賞賛されているシンガー、それがグレッチェン・パーラートです。

世界一のジャズ・コンテストといわれる「セロニアス・モンク・ジャズ・コンペティション」のヴォーカル部門で首位に輝き、これまで３枚のソロ・アルバムを発表。アルバム『the lost and found』はiTunes Jazzの ヴォーカル・オブ・ザ・イヤー、アマゾンのベスト・ジャズ・アルバム第２位などに選ばれています。共演者にはケニー・バロン、テレンス・ブランチャード、エスペランサ・スポールディング、ロバート・グラスパーなど、錚々たるミュージシャンの名が並びます。時代が求める"声"の持ち主、それがグレッチェンなのです。

この日は、テイラー・アイグスティ（ピアノ、キーボード）、バーニス・アール・トラヴィス（ベース）、ジャスティン・ブラウン（ドラムス）を従えてのステージ。いずれも今日のニューヨーク・ジャズを代表する精鋭で、テイラーは２ヶ月ほど前にケンドリック・スコットのバンドで来日したばかり。トラヴィスはジャズ～ヒップ・ホップで活動するミュージシャンで、ジャッキー・テラソンのバンドでもレギュラーを務めています。ジャスティンは２歳の頃からドラムスを叩いてきた早熟の天才肌。ケニー・ギャレット、クリスチャン・マクブライド、レディシ、ビラルとの共演歴があります。つまり今回の公演は、グレッチェンの歌はもちろん、バンド演奏も聴きごたえ１００％なのです。

冒頭、テイラーがしっとりと「Blue In Green」（マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスで有名）を奏でたところでテンポ・アップ、やがてグレッチェンが登場し、そのままヴォーカル・パートに入ります。作詞は、ベテラン歌手のメレディス・ダンブロッシオ。グレッチェンは、あるときはささやくように、あるときは訴えるように、丁寧に歌詞の世界を表現します。彼女は、たとえばロバータ・ガンバリーニ等とは違って、いわゆるスタンダード・ナンバーを取りあげることが殆どありません。しかしハービー・ハンコックの「Butterfly」、ウェイン・ショーターの「Juju」、シンプリー・レッドの「Holding Back the Years」など、通常のジャズ系シンガーなら、まずとりあげない であろう曲を鮮やかな"グレッチェン色"に染めていきます。

なぜ彼女が今のシーンに引っ張りだこの存在なのか。なぜ多くの気鋭ミュージシャンが彼女の歌声を求めるのか。この来日公演に足を運べば、その秘密がわかります。
(原田 2013 3.19）