原田和典のBloggin' BLUE NOTE TOKYO

数年前、ヘレン・メリルにインタビューしたことがあります。「ご自身のアルバムで、最も愛着のある作品は何ですか？」という質問をしました。

すぐさま返ってきたのは、"『スポージン』"という答えでした。佐藤允彦、ゲイリー・ピーコック、日野元彦と1971年に日本で吹き込まれたアルバムです。「佐藤さんと一緒に組むことができて本当に嬉しかった。彼は私にとって最高のピアニストであり、アレンジャーのひとりなの。彼のことを思い出していたら、久しぶりに共演したくなってきたわ」とヘレンは言いました。

そして今、へレンと佐藤允彦が同じステージに立っています。人間国宝の尺八奏者、山本邦山も一緒です。ヘレンの来日公演は毎年のように行なわれていますが、この組み合わせは、ぼくにとってまさしく特別中の特別。しかもドラマーは、山本の名盤『銀界』にも参加していた村上寛なのです。ぼくは参加メンバーが発表されたときから、公演日が来るのを心待ちにしておりました。

最初は佐藤允彦、加藤真一、村上寛のトリオによる演奏です。佐藤はMCで、江戸前の落語家のような粋で歯切れの良い口調で「自分たちは前座を務めさせていただきます」というようなことを言っていましたが、もちろんそれはとんでもない謙遜です。粒立ちの良いピアノ・タッチ、鋭くかっこいいハーモニー、アドリブ時における音の選択、すべてが見事。ベース、ドラムスとのコンビネーションも"あうんの呼吸"というしかないものでした。「このトリオを聴くだけでも、もとがとれた」と、ぼくは強く思いました。

続いて山本邦山が登場します。先に触れた『銀界』、シャープス＆フラッツや前田憲男との共演盤など、ぼくは彼のアルバムをいくつか持っていますが、ナマで聴くのは今回が初めてです。なんという深く豊かな音色でしょう。時折挿入されるポルタメントの艶かしさも絶品です。「山鹿追想」での"歌いあげる"尺八と、その背後でシャープなハーモニーを提供するピアノとのコントラストが見事でした。

ヘレンは「Summertime」、「Autumn Leaves」、「Sometimes I Feel Like A Motherless Child」等を歌いました。最近のライヴでは定番のナンバーばかりですが、佐藤や山本がバックを務めると、新鮮味が増します。ヘレンが山本と初めてアルバム上で共演したのは1966年の『シングス・フォーク』だと思いますが、それから47年！　コンビネーションが今も続いている奇跡をかみしめながら、ぼくは1曲1曲を拝聴いたしました。
(原田 2013 4.9）