原田和典のBloggin' BLUE NOTE TOKYO

アメリカン・ポップスを象徴するマエストロが、本当に久しぶりに日本の土を踏みました。1967年春の、ザ・ティファナ・ブラスを率いての来日公演以来だとしたら、48年ぶりの快挙です。トランぺッター、バンド・リーダー、歌手、プロデューサー、レーベル・オーナー、ソングライターとして常に陽の当たる大通りを歩み続けるハーブ・アルパートの、プレミアム級のライヴ・ステージが7日（月曜）まで開催中です。しかもシンガーとして、元セルジオ・メンデス＆ブラジル'６６の歌姫であるラニ・ホールが同行。ぼくは4日の初日公演を聴きましたが、ハーブもラニも素晴らしいコンディションです。おしどりコンビによる、心あたたまるパフォーマンスを満喫いたしました。

マイケル・シャピーロ（ドラムス）、ビル・キャントス（ピアノ、キーボード）、そしてスリランカ出身のフセイン・ジフリー（ベース）が軽快なサウンドを奏でる中、観客に手を振りながらマエストロ夫妻が登場します。ハーブのトランペットには、近年愛用しているミュート（Soulo Bucket Mute）が装着されています。オープニングの「Moondance」（ヴァン・モリソンのカヴァー）から、ミュートの効果を生かした柔らかなトーンが響きわたりました。

「Besame Mucho」、「Fly Me To The Moon」等を洒脱に聴かせた後は、いよいよ往年のヒット曲のメドレーです。'70年代フュージョン・ブームの定番「Rise」あり、ザ・ティファナ・ブラスの名を不朽のものとした「Tijuana Taxi」や「A Taste Of Honey」などが次々と登場します。そして極めつけは「Bittersweet Samba」。日本では深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」のテーマとしておなじみですが、アメリカ本国ではシングル・カットされず、アルバム『Whipped Cream And Other Delights』のA面4曲目という、なんとも地味な場所にひっそりと収められていたのでした。ハーブはもちろん、これが日本のファンにとってとても思い入れのある曲であることを知っているので、メドレーだというのにほぼフルコーラスで演奏し、超満員のオーディエンスを大いに沸かせました。

インストゥルメンタルの名曲連発が終わると、今度はラニのヴォーカルがフィーチャーされる時間です。「The Look Of Love」、「Mas Que Nada」等、ブラジル'６６時代の定番ナンバーを次々と歌いこなします。さらにつづいて、ハーブの歌でミュージカル「マイ・フェア・レディ」から「I've Grown Accustomed to Her Face」。邦題「彼女の顔に慣れてきた」は誤訳のうえ情緒まるでなし、「寝ても覚めても彼女の面影が頭を離れない」、そのくらいひとりの女性に激しく恋をしてしまった男の気持ちを歌ったナンバーです。これをハーブは、ラニを見つめながらしっとりと歌います。そしてエンディングでは、トランペットで往年のNo.1ヒット「This Guy's In Love with You」のフレーズを吹きました。きくところによるとハーブとラニは結婚して４１年になるそうですが、なんというアツアツぶりでしょう。

後半は近作『Steppin' Out』からのナンバーを中心に。「Puttin' On The Ritz」や「La Vie En Rose」といった不朽の名曲が、アルパート流のポップ・センスで再生されました。２度のアンコールを含む、１００分を超えるステージ。本日以降のステージも、一生ものの感動を届けてくれるに違いありません。
(原田 2015 9.5）