ウェザー・リポート『ナイト・パッセージ』でのジャコ・パストリアスとの伝説的なリズムセクションで知られるスーパー・ドラマー、ピーター・アースキンが新作『DR.UM（ドクター・アム）』を引っ提げて来日公演を行った。

ピーター・アースキンはこのアルバムで、ウェザー・リポートやステップス・アヘッドなどのフュージョンやR&Bのドラムスタイルをテーマにしていて、若い頃の自身を見つめ直した、原点回帰だと語っている。ある意味では、ウェザー・リポートのころのサウンドを再確認するためのアルバムだと言ってもいいだろう。そんなプロジェクトで、ジャコ・パストリアスがいない今、アースキンが相棒に指名したのが、フュージョンのトップ・プレイヤーたちがこぞって共演しているUK出身の敏腕ベーシスト、ヤネク・グウィズダーラだ。このリズムセクションがサウンドの核となる。

ライブでも原点回帰を思わせる実にシンプルなフュージョンやR&Bのリズムが中心となっていた。ウェザー・リポートを想起せずにはいられないフュージョンの＜Lost Page＞や、シンプルなR&Bサウンドが心地よい＜Okraphillia＞などでは、無駄を削ぎ落とし、グルーヴの究極形を目指したような磨き抜かれたプレイに釘付けになった。何といってもアースキンのドラムの音色の美しさは目を見張るものがあった。例えば、ハイハットの一音一音が、しゃきっとしたきれいな金属音で立ち上がってくる。中でも、音色の美しさが際立っていたのが、ジャコが在籍していたころのウェザー・リポートの楽曲のカヴァーでもある＜Speechless＞。ヤネクのメロディアスなベースソロをフィーチャーしたこの曲では、シンバルの響きを完ぺきにコントロールし、時折、スネアで一点の曇りもないクリアな打音をアクセントに入れるアースキンのあまりに美しいドラムには思わず息をのんだ。また、トロピカルなリズムが印象的なECM時代の未発表曲＜Hawaii Bathing Suit＞ではアップテンポな中にもそんな音色への集中力が息づいている。フュージョンと並行して、ECMでのコンテンポラリーな作品など、様々なサウンドなどを経て、この巨匠が辿り着いた境地はぜひ多くの方に体験していただきたいなと思う。

またウェザー・リポートを意識したというこのバンドで重要な役割を演じたのが、キーボードのジョン・ビーズリーだ。アコースティック・ピアノ、フェンダーローズ、M-AUDIO、KORGなど、鍵盤をずらりと並べて、ウェザー・リポート時代にアースキンが書きためていた未発表楽曲をアレンジし直したという＜Borges Buenos Aires＞や、＜Lost Page＞ではそのシンセワークにフュージョンファンの顔が一気にほころんでいたし、ボブ・シェパード共にビシッとキメを合せる完璧な演奏に会場の熱気も一気にヒートアップしていた。ラストにはステップス・アヘッドの楽曲を再演した＜Northern Cross＞というこれまたファンを喜ばせる粋な選曲も。シンセを最大限に生かしたサウンドに変貌していたこの曲は、リズムパターンを変えた新たなアレンジでファン必見だ。

ちなみにピーター・アースキンは、このコットンクラブでの公演の後3/9-10から、今回が初来日となるドイツが世界に誇るビッグバンド、NDRとの共演が待っている。世界最高峰のビッグバンドと共にウェザー・リポートの名曲をプレイする。自身の原点に返り、更なる高みに辿り着いたアースキンが、新たなチェンジに挑む。アンサンブルの中で、あの音色がどんな輝きを見せるのか。こちらも見逃せない公演になりそうだ。
(2016 3.5）

text : 柳樂光隆（なぎら みつたか）
ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。1979年島根県出雲生まれ。世界にも類を見ない現在進行形のジャズ・ガイド・ブック「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。現在、第3弾「Jazz The New Chapter 3」が好評発売中。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジン、BRUTUS、ユリイカなどに執筆。ライナーノーツ多数。

photo by Y.Yoneda

●PETER ERSKINE "DR. UM" featuring
JOHN BEASLEY, JANEK GWIZDALA & BOB SHEPPARD
2016 3.4 fri., 3.5 sat., 3.6 sun.　コットンクラブ

●NDR BIGBAND plays "Music of WEATHER REPORT"
with special guest PETER ERSKINE
2016 3.9 wed., 3.10 thu.　ブルーノート東京